2021年2月のクーデターから5年、そして2025年3月末に起きた大地震から間もなく1年となるミャンマー。2025年12月から2026年1月にかけて総選挙が行われたが、政治や経済の不安定な状態が続く。
そのミャンマーで医療支援活動を行っているのが日本の認定NPO法人ジャパンハート。現在の最高顧問で小児外科医の吉岡秀人氏が1995年に医療活動を開始したのが始まりだ。現在は北部・ザガインと、最大都市・ヤンゴンに医療の拠点を置き、外来診療と必要があれば手術を行う。また、北東部・シャン州にも、数カ月に1回程度外来診療を行う拠点がある。さらに各地域の公立病院に移動診療の形で入り、医療の届きにくい地域などに赴く。診療はすべて無償だ。
現地の医療マネジメントを担っているのが加古川市出身の河野朋子さん。約20年前に看護師としてミャンマーへ渡った。「元々国際医療をやりたかったが、自分の経験や技量を生かせる活動を行っていたのがジャパンハートだけで、当時は活動拠点がミャンマーだけだった」。1~2年で日本に戻るつもりが20年。「予想外」だったと話す。地震から1年を迎えるのを前に、当時の様子や現在の状況などについて話を聞いた。
「ミャンマーは元々地震がほとんどない国。私がいた20年間でも震度2~3ぐらいの地震が、年に1回あるかないかだった。私も現地の人もこんな大きな地震でこれほどの被害を受けるとは思っていなかった」と振り返る。
2025年3月の地震の震源地は北部ザガイン。まさにジャパンハートが活動している地域だった。地震発生時、病院では手術が行われていたが、患者や医療スタッフは全員無事に避難。医療スタッフはすぐに屋外で被災した外傷患者の処置にあたった。河野さんはその時、ヤンゴンにいた。「ザガインの方で大きな地震があったというだけで他の情報が入ってこない。SNSを見ると、まさに私達が知っている場所が被害を受けていた。ザガインに通じる橋が落ちていたり、(中部の)マンダレーの街並みがつぶれていて、ジャパンハートとして何とかしないといけないと思い、被災地に行けるかどうかはわからないけど、とにかく次の日に車で向かった。一番暑い時期、40度を超えるような時期だったので、まず水。飲み水がなくなることは予想できたので、水を買いこんで。重いし一度に運ぶのも難しいけど、車に積めるだけ積み込んで出発した」と振り返る。被災地に近づくにつれ、道路状況が悪くなり、高速道路も通行止めに。対向車と「ここは通れる」「ここからは高速道路が使える」など情報交換をしながらザガインに入ったという。
水以外にも、薬が足りない、食べ物が足りないという声が現場から届くとそれを届ける。救急病院に医療物資がなくて治療ができないという声があればそこへ届ける。けが人は多くないが、病院が壊れて、体調不良者が外で暮らしているという情報が入ると、ジャパンハートのチームが病院を出て地域を巡回して診療する。「その時々でニーズが変わり、それに応じて過ごした。準備をしている間にニーズが変わることもあった。地震から1カ月ほどはほぼ被災地にいて時々ヤンゴンに戻るという怒涛の日々だった」と振り返る。
ジャパンハートが活動していたザガインの病院も被害を受けたが、地震から約2カ月後、6月初旬に一部再開した。地震から4カ月後の8月には、ジャパンハートが活動を行う範囲は改修が終わり、設備としては元に戻った。地震前と同じように診療を続けている。





