



約60年間、屋外で展示されていただけに塗装がはがれ落ち、内部のつり革が切れ落ちたり、座席生地が破れたりして傷みが激しかったが、車両修理を施し、多くの方々が見学できるよう、応天門の西側に新たに整備した覆屋で展示することになり、グリーンとベージュのツートンカラーの美しさがよみがえった。



ポーランドから訪れた21歳と17歳の兄と妹は、「私たちが住むワルシャワでは、路面電車は生活に欠かせない交通手段。展示されている車両は“日本的な”構造で趣がある。今の京都は地下鉄やバスの路線網が発達して便利だが、どこかの区間だけでも運行してほしい」と話した。

京都府向日市の85歳の男性は、「ああ、懐かしい」と感慨深げ。「もう60年以上も前だったが、京都駅前から衣笠(京都市北区)の立命館大学まで通学で使っていた。北野天満宮にもよく行った。あの当時ですら、広い堀川通の車の通行量が増えて、市電が“立ち往生”していたのを思い出す。展示を見ていると、市電が走る音が聞こえてくるような気がする」と話した。

※N電~線路が狭軌(Narrow gauge ナローゲージ)だったことに由来する。




