過剰な「存在」から圧倒的「消滅」へ 森村・ヤノベ・やなぎの“驚異の部屋” 大阪中之島美術館

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 森村泰昌とヤノベケンジとやなぎみわ。世界的に活躍する関西出身の現代美術家3人による展覧会「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。― 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ ―」がこのほど大阪中之島美術館(大阪市北区)で開幕した。独自のアートを極める彼らの真骨頂的な作品を通して、鑑賞者が「存在」と「消滅」を体感する、熱量あふれる企画だ。

大阪中之島美術館(大阪市北区) 中央の作品は同館のシンボル「SHIP’S CAT(Muse)」(ヤノベケンジ)

 なぜこの3人の取り合わせなのか。それは森村の「3人で展覧会をやりたい」という思いつきからだった。「きっとおもしろいはず」(森村)だし、「自分自身が3人展を見たい」(同)との思いに突き動かされた。2024年3月、第1回目の会議は「どのような展覧会にしようか」という議題で始まった。「何をするかも決まっていないとは、異例というよりは異常だ」と森村。大阪中之島美術館にとっても経験のない展覧会のスタートだった。

 以来、月に1度の頻度で3人(+同館学芸員)は「ああでもないこうでもない」と議論を重ねた。「時短や効率といった今日的な時流とは真逆の、まどろっこしい会議の連続だったが、これが3人の性には合っていた」(森村)。1人1室ずつそれぞれの作品を展示、第4室で3人の最新作を紹介するという展覧会の組み立てが決まりかけた際のこと。「アカン。それでは終わってない」と、やなぎの「極めて鋭い指摘」(森村)があったという。

「プロローグ」作品の前でポースを取る3人。左から森村泰昌、ヤノベケンジ、やなぎみわ(2026年4月24日撮影)

 森村とヤノベもやなぎの意見に納得し、さらに話し合い、行き着いた結論が「消滅美術館」だった。同テーマを第5室に据え、最終的に展覧会は5部立て+エピローグ・プロローグをつけた構成となり、展覧会タイトルも「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。」に決まった。

「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。― 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ ―」メインビジュアル

 第1室のヤノベによる「博覧会は子供の領分」では、1970年大阪万博跡地での原体験をベースに、ヤノベの代表作「SHIP’S CAT」「トらやん」などが所狭しと並ぶ。一歩立ち入ると、大小さまざまな造形物が発するエネルギーに包まれるよう。テスラコイルによる電気が流れる「稲妻絵画」(午前11時と午後4時実施)もある。
※強い電磁波が出るため、ペースメーカー装着者は事前に係員に要申し出。

「博覧会は子供の領分」展示風景
「博覧会は子供の領分」展示風景
ヤノベケンジ
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