「拉致問題をこの手で解決できなかったことは痛恨の極みであります」。
北朝鮮によって1983(昭和58)年、当時23歳で拉致された神戸市長田区の有本恵子さんの父・明弘さん(93)は、2020年8月28日、安倍晋三首相(当時)の辞任表明を受け、自宅で「安倍さんしかおらんと思っていたのに」とつぶやいた。
7月8日、安倍元首相が奈良市の選挙応援演説中、銃撃により死亡した。明弘さんはこの現実を受け止められなかった。そして「やっぱり、(拉致問題解決は)安倍さんしか…落胆や。あってはならん」と話した。
明弘さんはかねてから、拉致問題に積極的な姿勢を示していた安倍元首相を高く評価していた。ラジオ関西の取材にはいつも、「北朝鮮は親子3代にわたって独裁国家を築き、沈黙を守ってきた国。安倍元首相自身が金正恩委員長との直接対話で解決への糸口を引き出してほしい」と日朝会談による解決を望むコメントを残していた。
安倍氏が首相を退いてからも、菅(前首相)、岸田(現首相)に対して「安倍さんの(拉致問題解決への)意気込みを受け継いでほしい」と繰り返していた。
明弘さんの妻・嘉代子さんは2020年2月3日に94歳で旅立った。長年一緒に拉致問題の解決に向け闘った、横田めぐみさん(失踪当時13歳)の父で、拉致被害者家族会初代代表・横田滋さんは2020年6月5日、87歳で死去した。
「安倍さんとトランプ(大統領)さんだからこそ、解決できると思う」と、安倍元首相の主導で北朝鮮との交渉実現を信じていた明弘さんにとって、悲痛な別れとなった。