演歌からポップス、ロックまで……1970年前後に大量発生した京都のご当地ソングたちの傾向と共通点について、シンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が分析します。
【中将タカノリ(以下「中将」)】 菜津美ちゃんはご当地ソングと言えばどんなイメージがありますか?
【橋本菜津美(以下「橋本」)】 いろいろあるんでしょうけど、大阪のご当地ソングが多い気がしますね。地名とか出ていなくても、やしきたかじんさんの「やっぱ好きやねん」(1986)は大阪っぽく感じたり……。地元の兵庫県だと、あまり思い浮かばないですね。
【中将】 兵庫県で有名なのは、内山田洋とクール・ファイブの「そして、神戸」(1972)あたりかな。他にもあるんだろうけど、あんまり思い浮かばないですね。
僕は一時、ご当地ソングに興味を持っていろいろ調べていたんですが、1970年前後ってなぜか演歌からポップス、ロックまで京都のご当地ソングが大量にヒットしてるんですよ。理由まではわからないんだけど、京都ソングに関する法則のようなものは発見できたので、今回はいろいろ聴きながらそれをご紹介していきたいと思います。まずはデューク・エイセスの「女ひとり」(1965)。
【橋本】 この曲はもちろん聴いたことがありますが、なぜかカニが食べたくなりますね……。
【中将】 Bメロの展開が、かに道楽のCMソングに似てますからね(笑)。ともあれ「女ひとり」は「京都大原三千院」などわかりやすく地名や名所が散りばめられていて、日本情緒を感じる代表的な京都ソングです。
【橋本】 私は大学が京都だったので、こういう情緒あるイメージの京都は大好きなんですが、一部の京都人たちのまどろっこしい喋り方にはなかなかついていけないですね。遊びに誘っても、OKなのか断られてるのかもわかりにくいし……。
【中将】 ほんとにそんな人はごく一部なのかもしれませんが、関西人の間では、京都人はちょっと本音のわかりにくい「いけず」なイメージがありますからね(笑)。京都に対するイメージも人によってさまざまでしょうが、次にご紹介するのは外国人がイメージした京都ソング。ザ・ベンチャーズの作ったインスト曲「KYOTO DOLL」(1970)に日本語詞を付けてカバーした渚ゆうこさんの「京都の恋」(1970)です。
【橋本】 意外な感じですね! 日本人が京都をイメージして作ったらこんなメロディ―にはならないだろうなと思いました。京都というよりはアジアンなムードを感じます。
【中将】 意外性なのか、幅広い層が興味を持ったのか、「京都の恋」はオリコン・ウイークリーランキングで8週連続1位という大ヒットになりました。
1970年代には若者の音楽としてフォークが大流行しましたが、そんな中からもいくつかの京都ソングが誕生しています。チェリッシュの「なのにあなたは京都へゆくの」(1971)はその代表例ですね。
【橋本】 このタイトルにはとてもひかれるものがありますね。どんな背景があったんだろうって……。
【中将】 「京都でデートしたカップルは別れる」なんて都市伝説もありましたが、京都ってなぜか失恋のイメージがありますよね。
【橋本】 私も京都でデートしてギクシャクしてしまった思い出がありますね……。歴史好きの人で、いろんな名所に行くたびにそこの解説をされるんですが、「え? お前そんなことも知らんの?」みたいなものを感じてしまって……。
【中将】 歴史を語りたがる人って、特有のうっとうしさがありますよね(笑)。そういう意味では歴史語りが好きな人はデートで京都には行かないほうがいいのかもしれません。それに京都は盆地で夏は暑いし、冬は寒いから、快適なデートにはそもそも向いてないのかも。京都で嫌な目にあった人たちに共感されたのか、「なのにあなたは京都へゆくの」はじわじわとロングヒットになり、1970年代を代表するヒット曲の1つになっています。