スイス時計産業を襲った危機 きっかけは日本の「クォーツ」誕生 「スウォッチ」と「組織再編」で復興 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

スイス時計産業を襲った危機 きっかけは日本の「クォーツ」誕生 「スウォッチ」と「組織再編」で復興

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 腕時計の駆動方法は、「機械式」と「クォーツ式」の2つに大きく分かれます。この「クォーツ腕時計」を世界に広めたのはセイコーだったことは、あまり知られていません。クォーツ時計が広まった、1960年代から80年代にかけては、スイス時計界には大きな激震が走りました。登録者数が6万4千人を超える「腕時計YouTuber」であるRYさんが、『やさしい腕時計』(ラジオ関西Podcast)で解説しました。

◆1969年に発表された世界初のクォーツ式アナログ腕時計「セイコーアストロン」

セイコーアストロンのファーストモデル 35SQ。Instagram・@plus9timeさんの投稿より

「水晶子(クォーツ)に電圧を加えたら振動する」という事象は、実験室レベルでは19世紀に発見されています。しかし、この発見を実用化する具体的な手法に辿りつくまでには、もう少し時間が必要でした。

 20世紀に入って少し経つと、この水晶子に電圧を加えて「一定のリズムで振動する」仕組みを時計のムーブメント(駆動機構)に応用する動きが出てきたのです。1927年にはベル研究所(アメリカ)のマリソンが大型のクォーツ時計を発明し、1937年には日本の電気通信学者、古賀逸策が国産のクォーツ時計の開発に成功しました。

 セイコーは、このクォーツ時計の小型化に取り組み、遂に1969年、世界初のクォーツ式アナログ腕時計「セイコーアストロン」の開発に成功します。しかし、発売当時の価格は45万円。当時では乗用車が買えるほどの高価なものでした。

 セイコーがこのクォーツの特許技術を公開したことによって、世界中でクォーツ時計がつくられ始めます。

◆クォーツショック(クォーツ・レボリューション)によって何が起きたか

クォーツ時計の心臓部は水晶子。宝石に使われるものは不純物が少なく透明度が高い鉱石が使われるが、時計用の水晶は多少濁っていてもOK。

 1970年代から80年代初頭にかけて、特許の公開によって香港や台湾に「クォーツ時計部品」を量産化できる工場が次々と設立されます。世界の市場に低価格のクォーツ時計が溢れ、従来の時計産業は大打撃をうけるのです。

 この、クォーツ時計の普及によって時計業界に走った「激震」を一般的に「クォーツショック」や「クォーツクライシス」、または「クォーツレボリューション」と呼びます。

1980年頃のセイコーのクォーツ時計。安価でも高精度な時計はスイス時計界に衝撃を与える。
1980年頃のセイコーのクォーツ時計。安価でも高精度な時計はスイス時計界に衝撃を与える。
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