乗客106人が犠牲となったJR福知山線脱線事故の遺族らが、鉄道や航空、船舶などの重大事故で企業の刑事責任を問う「組織罰」の必要性を訴え、 7月に法務省刑事局へ出向き、直接働きかける。遺族らは2018年にも法務省に出向き、山下法相(当時)と面会しているが、その後の動きはない。
3月13日の参議院予算員会で、大島九州男議員(れいわ新選組)が斎藤法相へ「組織罰」について問いただしたことが大きな後押しとなった。
これまでに賛同を得た署名は1万2000筆を超えたが、世間にさらなる理解を求め、 事故から18年を迎えた25日、事故現場に近いJR尼崎駅(兵庫県尼崎市)で署名活動を行った。
「組織罰」は、鉄道・航空事故などの際、運行する企業など法人自体に刑事責任を負わせる法律。イギリスの『法人故殺法(ほうじんこさつほう)』をはじめ、フランスなどでも法律が整備されている。
JR福知山線脱線事故をめぐっては、JR西日本の歴代4人の社長がATS=自動列車停止装置の整備について、企業の幹部として指示を怠ったなどとして、業務上過失致死傷罪で起訴されたが、「事故を予測できなかった」などとして、いずれも無罪判決が確定した。
現在の日本の法体系では、こうした大事故での責任は民事訴訟でしか問えない。日本の場合、刑法の「業務上過失致死傷罪」は個人が対象で、法人には適用されない。そして個人については「予見可能性」=(事故を予測できたかどうか)がなければ罪に問えず、法人も罰する仕組みがない。
こうしたことから、遺族らは 「組織罰を実現する会」を2016年に結成。法人と個人、ともに処罰する「両罰規定」を導入した特別法の制定を求めている。JR福知山線脱線事故の場合は、速度超過したとされた事故車両の運転士が死亡したため、事故の直接的な原因を問えないまま刑事裁判が終結した。
「組織罰を実現する会」顧問で、企業コンプライアンスに詳しい郷原信郎弁護士(元東京地検特捜部検事)は、22日に大阪市内で開かれたシンポジウムで、検事時代の経験を踏まえ、「被害者の感情を、単に鎮静化させることが、刑事司法の本来の役割ではない。遺族は沈静化を望んでいるのではなく、犠牲となったことを社会に生かすべく、真相解明を求めている」と指摘した。
郷原弁護士はこの日、2022年4月23日に起きた知床遊覧船沈没事故のような、運航していた法人自体が小規模の場合、多額の罰金といった処罰に堪えられないケースもあるため、両罰規定に加えて、代表者(事業主個人)処罰規定を設け「三罰規定」とすることを新たに提案した。「三罰規定」は独占禁止法や労働基準法でも実例がある。
事故で長女(事故当時23歳)を亡くした大森重美さん(74・神戸市北区)は「組織罰を実現する会」の代表を務めている。これまでにも署名を集め、法務省に提出し、要望もしたが、議論は尽くされず、世間にも浸透していないもどかしさを感じている。「事故から18年、早かった。刑事裁判などがあり、JR西日本の安全対策や事故調査のあり方を調べ、この事故が起きた背景を考えるようになった。娘の死を無駄にしたくない。重大事故を起こしても誰も、何も問われないことに憤りを感じる。無責任社会を作ってはいけない」とも訴える。
実現する会では、議員立法での組織罰制定の実現も視野に入れている。大森さんは7月、5年ぶりに法務省へ出向き、「前向きな回答を得たい。一歩でも前へ進めたい」と話した。