恋をやめた大人の女性に、10歳下の高校生男子が想いを抱く青春映画。『水は海に向かって流れる』が6月9日(金)、全国公開されます。
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高校生の直達が駅に着きました。ずいぶん雨が降っています。知らない女性が直達に声をかけてきました。
「直達くん?」
「あ、はい」
「君のおじさんは、いま手が離せない状態ですので代わりに迎えにきました。榊です」
「あ、ありがとうございます」
直達が入学した高校に通学するには叔父の茂道の家から通う方が近くて便利だろうということで、茂道おじさんの家に居候することになりこの駅にやってきました。茂道おじさんの代わりとして、自分を案内するために来たのがこの榊さんのようです。榊さんは大人の女性です。
直達は、茂道おじさんは一人暮らしだと思っていました。こんな素敵な女性と一緒に住んでいるなんて。2人の愛の巣に僕が来てしまっていいのだろうか……と。家に着くと、そこは日本家屋でした。おじさんは意外と大きな家に住んでいるんだなと直達は感じました。
「ここが、茂道おじさんの家なんですか」
「そうだけど」
榊さんが不機嫌な感じで返答しました。続けて、彼女はぶっきらぼうに直達へ尋ねます。
「あ、お腹空いてる?」
「あ、はい」
「座って待ってて」
台所で榊さんは直達に背中を向け、鍋につゆを入れ始めました。手際よく、豪快に材料を鍋に放り込んでいます。しばらくして大きな丼を直達の前に置きました。牛丼でした。
「うま! おいしいです、この牛丼。この肉最高です!」
「そう。まあ牛から育ててはないけど」
榊さんは相変わらず不機嫌な感じです。
この家はシェアハウスで、榊さんは茂道おじさんの恋人ではありませんでした。おじさんは会社を辞め、マンガ家になっていました。お金がなくて家賃が払えなくなり、シェアハウスに住んでいるとのことでした。いま作品の締め切りに追われていて、直達はコマを塗るのを手伝わされます。茂道おじさんが言います。
「初日からポトラッチ丼もらうなんて、ついてるなぁ」
「ポトラッチって何?」
「ポトラッチってのは、北米の先住民が冠婚葬祭で宴会をして、気前の良さを見せつけるためにアホほど贈り物をし合う祭り。榊さんは時々かなり上等な肉を買ってきては普通のタマネギと普通のめんつゆで暴力的に煮付けたものを振る舞ってくれる。それが榊さんのポトラッチ丼だ」