一般の人にあまり知られていない日本美術の逸品を時代・ジャンルを限定せずに集めた展覧会「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」が大阪中之島美術館(大阪市北区)で開かれている。縄文時代の土器、室町時代の絵画、明治時代の工芸品など、その独創性と高い水準に驚かずにはいられない、日本美術の“鉱脈”に触れることができる企画だ。8月31日(日)まで。

同展は明治学院大学の山下裕二教授(日本美術史)が監修。会期中、展示替えを行いながら、81点の名品を紹介する。第1章では、江戸時代の“奇想の画家”伊藤若冲らの秀作が並ぶ。山下教授によると、若冲は長らく知名度が低かったが、2000年、京都で開かれた展覧会をきっかけに注目され、以降、現在までブームと言って良いほどの人気が続いているという。

そんな若冲と円山応挙の“合作”屏風は展示の目玉の1つ。2人が1隻ずつ手掛けた二曲一双屏風で、このたび新たに発見された。若冲は竹に鶏、応挙は梅に鯉を金地に水墨で描画しており、どちらも作者が最も得意とした画題という。発注者が金屏風を仕立てるにあたり、若冲と応挙それぞれに作品を依頼したとみられる。
一方、新たに姿を現した屏風「釈迦十六羅漢図屏風」(デジタル推定復元)も。戦災で焼失し、図録に載った小さなモノクロ写真しか残っていなかった伊藤若冲の作品を昨年、総合印刷大手「TOPPAN」(東京都文京区)が最新のデジタル技術を駆使、若冲特有の技法「枡目書き」を推測するなど学術的知見を加えながら鮮やかによみがえらせた大作だ。


室町時代の「素朴絵」も興味深い。15~16世紀ごろ、あえて素人に絵を描かせ、その稚拙な美を愛でる流行があったという。その中でも代表的な作品「かるかや」(16世紀)、「築島物語絵巻」(同)を展示。前者は出家によって引き裂かれた悲しい家族の話、後者は平清盛が港を築いた際、人柱を立てたという伝説に基づいたものだが、両作ともに絵は大雑把な感がある。
山下教授は「かるかや」を「よくぞここまで乱暴に書いたなというすごい作品」、「築島―」を「はっきり言って下手な絵なのだがすがすがしい美しさがある」と評価。そして「うまいのだが見ていてなんだか嫌だなという絵もある。素朴絵はその逆で、下手だが気持ちがいい。ヨーロッパにおいて素朴な絵が称揚されるようになったのは、19世紀、アンリ・ルソーが見出されてからだが、わが国では500年も前からイノセントな幼稚美が好まれていた。素朴絵は日本の美術史が生んだ独自の表現」と話す。





