パリ名物「エッフェル塔」 実は取り壊される予定だった? 少しずつ高くなってるって本当? 調査した

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 10月13日まで開催中の「大阪・関西万博」では、日本を含む158の国と地域・7つの国際機関が参加しており、パビリオン(展示館)を通して世界各国の文化や歴史を紹介しています。今回はフランス・パリに注目。名所として名高いエッフェル塔について、イエットマンエッフェル由紀子さんに豆知識を教えてもらいました。

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「1889年、パリのシャン・ド・マルス公園やトロカデロなどでおこなわれた『パリ博覧会』のシンボルとして、エッフェル塔は建設されました」と話す由紀子さん、なんとエッフェル塔を建設したフランスの技師、ギュスターヴ・エッフェル氏の子孫の奥様なのです。

フランスの名所として知られるパリのエッフェル塔(イメージ)

「塔の建設は1887年1月28日に始まり1889年3月30日に完成しました。2年2か月2日という非常に短期間での建設でした。建設地となるシャン・ド・マースで作業にあたった職人は常に200人前後、ピーク時には300人もいたと言われます。ですが、作業期間に死亡事故などは起こらなかったそうです」(由紀子さん)

 当時、エッフェル塔は世界で一番高い建造物ということもあり、万博開催期間中は1日あたり約1万2000人もの来場者が行列を作るほど。目論見通り塔の人気は高まりますが、20年したらパリ市に返還されることになっていました。世論では景観などの問題から取り壊しを望む声も大きく、返還後に搭が存続するかは非常に厳しい状況だったといいます。

 ではなぜ、今もエッフェル塔はパリに鎮座しているのでしょうか。由紀子さんは次のように説明します。

「ギュスターヴ・エッフェルは搭を無線信号の発信基地として活用したり、高度を活かして科学者たちと共に気象学や風力学の研究のために使用することを進めました。つまり、『飾り』でしかなかった搭に『役割』を与えることで、取り壊しを防いだのです」(由紀子さん)

パリの街にたたずむエッフェル塔(イメージ)

 こうした活動が実を結び、100年以上経った現在も「フランスのシンボル」として在り続けているエッフェル塔ですが、実は少しずつ高くなっていることを知っていますか?

【1949年】テレビアンテナ設置により、建設時の300mから約312mに
【1957年】ラジオアンテナ設置により、約320mに
【2000年】デジタルTVアンテナ増設により、約324mに
【2022年】ラジオのデジタル化に伴うアンテナ増設により、約330mに

 4度の工事を経てもとの高さから30mプラスされたことになりますが、これは技術革新に合わせ通信インフラとしての役割を果たしている事にほかなりません。

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 大阪・関西万博においても、閉幕後に大屋根リングやパビリオン、オブジェクトの数々が「万博レガシー」としてどう活用されるのか話題に上がっています。エッフェル塔のように“国のシンボル”として定着するのでしょうか。

(取材・文=つちだ四郎)

高くそびえるエッフェル塔。実は完成当時から30m伸びているとか(イメージ)

【取材協力】一般社団法人 エッフェル文化交流協会
公式サイト
ブログ『日々是エッフェル』

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