明治の高速道路「銀の馬車道」がことし150周年 次世代へ繋ぐ取り組みを市長らが対談【兵庫・姫路】

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 生野鉱山から当時の飾磨津(現在の姫路港)まで約49キロメートルを結んでいた、当時の高速道路とも言える「銀の馬車道」。1876年(明治9年)の誕生から、今年で150年を迎えます。元日に放送されたラジオの新春特別番組で、姫路市の清元秀泰市長と銀の馬車道ネットワーク協議会運営委員会委員長・岡本一さんが対談。地域振興や姫路市のこれからのまちづくりについて幅広く語りました。

対談の様子
対談の様子。手前:銀の馬車道ネットワーク協議会運営委員会委員長・岡本一さん、奥:清元秀泰姫路市長

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 銀の馬車道の正式名称は「生野鉱山寮馬車道」。生野鉱山で使う大型機械や、鉱山で採掘された鉱物を運ぶための重要な道路として整備され、日本の近代化を支えた歴史的な存在です。銀の馬車道ネットワーク協議会ではこれまで、特産品の開発などにも尽力してきました。「馬車」というワードから着想を得た、白い皮が特徴の「銀馬車かぼちゃ」の栽培も、その取り組みの一つです。

 対談では、今後の観光のあり方についても意見が交わされました。姫路城を中心とした観光に加え、銀の馬車道沿線を巡る観光と宿泊を組み合わせた新たな動線づくりの可能性や、来訪者にとって分かりやすく印象に残る発信の大切さについて話が広がりました。

銀の馬車道(イメージ)

 また、姫路市で進む新たなインフラ整備も話題に。2026年には手柄山平和公園駅の開業や大和工業アリーナ姫路の開業が予定されており、公共交通によるアクセス向上や新たなにぎわいの創出への期待が示されました。

姫路城と駅前の街並み(イメージ)

 “銀の馬車道150周年”という節目の年をこれまでの歩みを振り返るとともに「次の世代へとつなげていく一年にしたい」という思いが共有され、対談の締めくくりは期待感の溢れるものとなりました。

写真中央:銀の馬車道ネットワーク協議会運営委員会委員長・岡本一さん 左:清元秀泰姫路市長 右:進行を務めた洲崎春花
(左から)清元秀泰姫路市長、銀の馬車道ネットワーク協議会運営委員会委員長・岡本一さん、進行役の洲崎春花

(取材・文=洲崎春花)

※ラジオ関西「2026姫路市長新春対談~はばたけ姫路 清元市長と語る」より

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