生野駅を降りてすぐに広がる「口銀谷(くちがなや)」エリアは、かつて生野銀山とともに栄えたまちの面影が、いまも静かに息づく場所です。今回は朝来市観光情報センターを起点に、まちをゆっくり歩きながら、“歴史”と“いま”に触れてきました。

最初に立ち寄った朝来市観光情報センターでは、生野が単なる山あいのまちではなく、日本の近代化を支えた鉱山のまちであったことを改めて教えてもらいました。鉱山の開発とともに全国から人と技術が集まり、まちとして発展していったといいます。
ちなみに、「口銀谷」という地名は、街道から生野銀山に向かうときに一番口側にあることから名づけられたのだとか。そうした話を聞いたあとにまちを見渡すと、静かな通りの向こうに、かつてのにぎわいが重なるように感じられました。
観光情報センターで自転車を借りて次に向かったのは、自転車で約3分の場所にある、生野まちづくり工房「井筒屋」。かつての郷宿・旧吉川邸を活用した建物で、歴史ある佇まいが目を引きます。建物の中も当時の姿を出来るだけそのまま残してあるそうで、存在そのものが、このまちの歩んできた時間を語っているようです。

井筒屋は、地域の人たちが主体となって運営しており、まちの歴史や魅力を伝える拠点になっています。館内では地元の素材をいかした食品や雑貨も販売されており、そのすべてが手づくりなのだそうです。
観光施設というよりも、まちの日常と地続きのあたたかな場所。ここで交わされる会話や笑顔から、口銀谷が“保存されているまち”ではなく、“いまも人の手で守られ、育てられているまち”なのだと実感しました。


歩きはじめる前にまちの背景を知ることで、何気ない坂道や家並みにも意味が宿る。この先に広がる暮らしの風景や、受け継がれてきた時間に思いを馳せながら、口銀谷のまち歩きは続いていきます。
(取材・文=洲崎春花)
※ラジオ関西「谷五郎の笑って暮らそう」より





