2月8日に投開票された衆議院選挙で返り咲きを果たした自民党・盛山正仁氏(72)が、ラジオ関西の番組に出演。選挙戦を振り返り、今後の抱負を語った。
盛山氏は当選6回目。岸田文雄内閣で文部科学相を務めた。前回・2024年では立憲民主党から立候補した井坂信彦氏に敗れ、落選した。約1年3か月ぶりの国政復帰となる。

「今回は激戦だった」と振り返った盛山氏。「聴衆が声をかけやすいだろう」との思いから、マイクを持たずに地声で訴えた時期もあった。物価高騰への悲鳴を聞き、批判をじかに受け止める姿に、握手を求める有権者が増えた。選挙戦序盤は(対立候補との)シーソーゲームだったが、終盤は手ごたえを感じるようになった。

出馬表明した1月19日、一極集中が進む東京と、神戸や関西との経済格差に危機感を示し、「ここで働き、子育てをして『私は神戸っ子』と言い続けられるよう、変わりゆく神戸の競争力を高めたい」と語った。
高市早苗政権が「危機管理投資・成長投資」の一環で推進する17の重点戦略分野のうち、「港湾ロジスティクス」「造船」「海洋」は神戸に直接関わるもの。政策通らしく、「海事クラスターの街、神戸」を掲げ、海事産業の集積を強く訴えた。
選挙戦では多くの議員立法の実績を挙げた。 省庁や他党政治家との調整力を自らのアピールポイントとした。「エコツーリズム推進法」や「成年後見制度利用促進法」、「バリアフリー新法」など多数。
これまで出した書籍は議員立法による法律の解説書 など20冊を超えている。中道改革連合の井坂氏との接戦を制し、わずか4108票差で逃げ切った。
投開票翌日はJR六甲道駅、翌々日は住吉駅でお礼の「駅立ち」。盛山氏は、自民党が316議席を得て圧勝した背景に高市首相への強い支持があったと分析。


運輸省(現・国土交通省)官僚から政界に転じ、2005年に初当選。国交省では鉄道駅のバリアフリー化を進めた。このほかOECD(経済協力開発機構・本部パリ)や環境省地球環境局総務課長、法務副大臣、衆議院厚生労働委員長などを経て、文部科学大臣に。「政治家として幅を広げることができた」と話した。
文科相時代に手掛けた旧統一教会の解散命令の進捗にも触れた。3月4日、東京高裁が解散命令請求を認めるかどうかの決定を下す。


1月、通常国会の冒頭解散は予想していなかった。「1月23日の解散から27日の公示日まで、非常に慌ただしかったが、自民への風は感じていた。野党第一党である立憲民主が公明と合流、新党(中道改革連合)を結成したことや、新たに台頭した勢力を有権者がどう評価するのかが注目された選挙だった」と振り返った。





