日本人の間で古くから伝わる伝統的な遊び「けん玉」ですが、その起源は日本ではないことを知っていますか? 詳しい話を、公益社団法人日本けん玉協会(東京都千代田区)に聞きました。

協会によると、けん玉に似た形のものは世界各地に存在するとのこと。名称もさまざまなのです。下記はその一例です。
【英語】カップ・アンド・ボール(Cup and Ball)
【フランス】ビル・ボケ(Billeboquet)
【ドイツ語】クーゲル・ファング(Kugelfang)
起源についてはいくつかの説があり、有力とされているのは「フランス発祥説」だとか。けん玉に関して現在残されている最古の記録は、16世紀のフランスに書かれたものだといいます。その中でピエール・ド・エストワールという人物が「1585年の夏、街角で子どもたちがよく遊んでいる『ビル・ボケ』を、王様たちも遊ぶようになった」と記しているのですが、この「王様」とは当時の国王・アンリ3世のことを指していると察せられるとのこと。ほかにも、1978年にフレデリック・グランフェルドが編纂した『GAMES OF THE WORLD(ゲームの世界―知と遊びの博物館)』という書籍にも、同じく国王アンリ3世が好んで遊んでいたという記述があるそう。
「貴族や上流家庭が所有したビル・ボケは象牙を材料に彫刻がほどこされ、非常に高価なものでした。世界各地のけん玉の多くはこれが原型になっていると考えられます」(日本けん玉協会)

日本の文献で最初にけん玉が登場するのは『拳会角力図会・下』(1809年、義浪編)で、「匕玉拳(すくひたまけん)」という名称で紹介されています。「双方交代で5回中1回か3回中1回、玉を皿にすくい入れて勝ち負けを競う」という記述があり、現代とは遊び方が異なることがうかがえます。また当時はけん玉を使って「その日の吉凶や待人などの占い」もしていたとか。1830年に発表された『嬉遊笑覧』(喜多村信節作)では「拳玉」と記されています。「拳玉を用いて投げた玉を凹み(皿)に受けてから、逆さまに返して細きかたにとどめる」とあり、こちらは現代の遊び方と通ずるものが。いずれも、その当時国内唯一の開港地であった長崎から広まったと考えられるそうで、やはり今日本で広く知られているけん玉の原型は外国から持ち込まれた可能性が高いようです。
大正時代になると、広島県の江草濱次氏がこれらを改良・考案した「日月ボール」が爆発的に普及。現在のけん玉として定着しました。

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同協会によると、フランスのビル・ボケは今は「KENDAMA」と呼ばれ国民から愛されているとか。ただし“子どものおもちゃ”というよりは、若者のアイテムとして浸透しているとのことです。
(取材・文=つちだ四郎)





