作詞家・松本隆さん『瑠璃色の地球』に「今こそ」思い込めて 歌唱動画を募集、SNSで反響

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 神戸在住の作詞家、松本隆さんが有志と立ち上げた「『瑠璃色の地球』chorus~みんなで瑠璃色の地球を歌おう」が、SNS上で話題を呼んでいる。「瑠璃色の地球」を歌った動画を投稿してもらって、それを集めて動画共有サイトのユーチューブにアップするという取り組みだ。そこに込められた思いを、松本さんご本人にうかがった。

作詞家の松本隆さん(「『瑠璃色の地球』chorus」のユーチューブより引用)
作詞家の松本隆さん(「『瑠璃色の地球』chorus」のユーチューブより引用)

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■きっかけは東日本大震災時のツイッター

――いつごろから構想をお持ちだったのでしょうか。

 2011年に東日本大震災が起きたとき、ツイッターで、避難所におられたファンの人から「みんな暗くなっているので、何か1曲プレゼントしてください」とメッセージをいただきました。そのときに「瑠璃色の地球」をプレゼントしたら、喜んでくれた。今回はそれをもう一歩進めて、みんなで何か歌えないかと思いました。

「瑠璃色の地球」は、今では合唱曲のスタンダードになっています。ママさんコーラスや、中高生も歌ってくれて、コンクールの課題曲にもなった。僕が全然意図していなかった生き残り方をしている曲でもあります(笑)。

 聴いて、歌ってくれる人がいくらかでも心があたたかくなれば、やる意味があるかなと。それを神戸の友だちの石田くん(「イナズマクラブ」の石田秀一さん)や、「木馬」(トアロードにある老舗ジャズ喫茶)の仲間に相談したら、「面白いからやりましょう」ということになって、みんなが盛り上がっているというのが現状です。

――神戸の仲間に「やってみよう」と声をかけて、ことが進んでいると。

 そう。昨年同じような動きで、ライブ「風街神戸」をやりました。VARITというライブハウスに、神戸のミュージシャンたちが集まって、それも予想以上に盛り上がった。スポンサーがいるわけでもなく、善意に支えられた自発的な活動です。インターネットがあると、SNSを通じてそれができますね。

■みんなの「瑠璃色の地球」

――今回はどこからでも、誰でも参加できますね。

 僕の歌は、松田聖子に書けばプロの歌手である聖子が上手に歌ってくれる。それでヒットして、みんなが知ってくれるようになりました。これだけ年月が経つと、聴いた人たちの歌にもなっているわけです。2015年に、45周年のライブをやったときにすごく感じたのは、観客席にいる人たちは、ただのファンではなくて、僕の詞を聴いて育った人たちなんだと。僕のメインのファン層は40~50代だけど、その下の世代もいるの。いろんな世代の人たちに、長い間聴いていただいて、年月が歌に染み込んでいるんです。

――それぞれの人生のいろんなところに「瑠璃色の地球」があるのですね。

 そうそう。みんな「『私の』瑠璃色の地球」、「『私の』赤いスイートピー」、「『私の』硝子の少年」になっている。それぞれの青春を背負っちゃっているの(笑)。共有感がすごくてね。僕はステージから見てびっくりしました。

――今回をきっかけに、初めて「瑠璃色の地球」を知る人もいるかもしれません。

 今回はね、聴くだけじゃなくて歌ってみてほしい(笑)。僕も仲間たちも、インターネットの専門家ではないし、みんなそれなりに苦労しています(笑)。

■どんなかたちでも戦う。音楽はなくならない

――この取り組みを支えている、神戸の音楽の仲間たちも、活動自粛などの厳しい状況が続いています。

 今はウイルスという、見えないものと戦っているわけだよね。一人で頑張っても勝てない。みんなで少しがまんしましょうという感じかな。

 僕自身も、今年は50周年で、前半は神戸と京都で、仲間たちとこぢんまりしたイベントをやっていきたいなと思っていました。後半は東京で規模の大きなコンサートをやろうとしているんだけど、どれも予定が不透明になっている。

 そこで今は、こういうゲリラ活動をしています。隠れながら戦う、レジスタンス、みたいな感じかな(笑)。

――どんなかたちでも戦い、負けないということですね。

 音楽は、楽しいものだからね。「みんな家でじっとしていましょう」みたいなことは、あまりもたないと思うのね、人間の神経が。1か月ならできても、2か月となるとかなり難しいけれど、今は我慢した方がいいですね。

 そういうときに救いになるのが、音楽だと思う。音楽は人類のなかで最も古い娯楽なわけです。今は下降曲線を描いているけれど、音楽そのものは絶対になくなりはしない。ただ形が変わるだけでね。そういうふうに、自分の仲間には言っています。「心配するな、歌はなくなりはしないから」と。

■変わるものと変わらないもの

――今後、街並みは変わらないけれど、世の中の仕組みや、オンライン化をはじめとする、人と人とのコミュニケーションの取り方が、大きく変わるかもしれないと言われています。

 僕は19歳ぐらいから詞を書き始めました。「はっぴいえんど」は20歳から23歳まで。ある意味すごく早熟だった(笑)。

 そのときに考えていたのは、売れる、売れないに振り回されるよりも、普遍的な歌を作りたいということです。人間に必要とされる音楽、必要とされる言葉、歌詞ってどういうものだろうと、20歳の小僧が真剣に考えた。それが現在まで教科書のような感じで残っていて、「音楽をやりたい」と言って学生が同好会に入ると、「じゃあこれを弾け」と、はっぴいえんどのアルバムを渡される、みたいなね。それが自然に起きて何十年も続いている。

 だんだんそういう、普遍的なものというか、歌の生命力のようなものが僕の詞についてまわっていて、今もCMで使われたり、テレビで特集番組を組んでもらったり、大事にされてとても感謝しています。それを支えてくれるファンの人たちにも、歌ってくれた人、演奏してくれた人、いろんな人たちに感謝しています。いっぱい感謝しているの(笑)。

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作詞家の松本隆さん、神戸の老舗ジャズ喫茶「木馬」の前で(写真提供:石田秀一さん)
作詞家の松本隆さん、神戸の老舗ジャズ喫茶「木馬」の前で(写真提供:石田秀一さん)

 1986年に松田聖子さんのアルバム曲として発表され、今も歌い継がれる「瑠璃色の地球」。「『瑠璃色の地球』chorus~みんなで瑠璃色の地球を歌おう」では、SNSやユーチューブの「瑠璃色の地球chorus」アカウントを通じて、歌声(動画)を募集している。送られた動画は、編集のうえ、ユーチューブで公開される予定。第1回応募締め切りは5月15日。

(取材・文=水野さちえ)

瑠璃色の地球 chorus

『瑠璃色の地球』chorus~みんなで瑠璃色の地球を歌おう
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