◆鉄アナ・羽川英樹「行ってきました!」vol.44
昨年3月に新型コロナによって70歳で亡くなった志村けんさん。その稀代のコメディアン人生の足跡をたどる「志村けん大爆笑展」が、大阪市中央区のなんばスカイオで開かれています。
展示は、人生70年の大年表からスタートします。1950年、小学校教師だった父の三男として東村山で誕生。高校卒業後、いかりや長介に弟子入りして付け人から始めます。そして、1974年に荒井注と入れ替わる形で、ザ・ドリフターズの正式メンバーに加わることになります。この頃から、人気絶頂の沢田研二とコントで共演していたことが、このたびの映画『キネマの神様』でバトンを渡したことにつながっているのかもしれません。
1976年、TBS系『8時だョ!全員集合』の少年少女合唱隊のコーナーで歌った、「東村山音頭」と「ワーオ」という奇声で一躍人気者になった志村さん。会場でも、股間に白鳥を付けた人形が360度回転しながら出迎えてくれます。
名物キャラとなった、「ひとみばあさん」「変なおじさん」などの衣装・小道具・かつらなども紹介。かつらは、今はネット状のものが大半の中で、志村さんはアルミ状の「カネ」製にこだわったとか。これなら、頭をたたかれても痛くないのだという床山さんの証言も紹介されています。
会場奥では、34年に渡ってロングランで放送された『志村けんのバカ殿様』の撮影セットを再現。等身大人形と一緒に、「アイーン」ポーズで写真を撮ることもできます。ちなみにバカ殿のメイクは2分で仕上げていたとか。またその横には、ドリフ定番の「たらい落とし」の体験コーナーもあり、お土産コーナーでは、Tシャツ・すいかプリン・特製トイレットペーパーが人気を集めていました。
笑いに徹底的にこだわった志村さんの人生ですが、私は晩年に見せたNHK『となりのシムラ』での、哀愁漂う中年おじさんも大好きでした。同僚の高木ブー氏は、「並外れた人間観察力が笑いを増幅させている」、また加藤茶氏は、「僕のボケをすべて拾ってくれた」と独白パネルで語っています。
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