解像度は1200DPI(dots per inch=ドット毎インチ)。プロのカメラマンが報道用などで使うカメラなら、20メガバイト(MB)だが、井出氏らのプロジェクトチームは100~150ギガバイト(GB)でスキャニングした。1センチを100倍に拡大すれば、見えないものまで見えてくる。例えばブーツ。この絵巻では南北戦争で用いた輸入物のブーツを履く兵隊が描かれているが、当時の日本人の足のサイズとは合わず、少しぎこちない、ブーツがフィットしない様子までうかがい知れる。
最も難しかったのは、「色の見本がないものを、どうやって情報収集するか」。田んぼひとつ取っても季節感を生かしたものとするなど、色の考証は解説本の記述や現存する軍装品、絵巻に色をつけて一般向けに出版された刊行物を参照したという。イランで生まれ、東アジアの文化に興味を抱いた井出氏は1972(昭和47)年、19歳で日本の地に。翌年に京都大学に入学した。ペルシャの美しい文化と壮大な歴史をバックに、これまでにない文化遺産のデジタル化技術の利用と普及に努める試みを、京都から世界へ届けたい一心だった。
「戊辰戦争絵巻」は日本が近代化される前の内戦について、まるで”戦場のカメラマン”が撮影したかのごとく描かれている。書物といった文字での伝承が主流だったが、この時代に、詳細かつ大量に描かれた絵画は珍しいという。
井出氏らのチームは、このほかに仁和寺で江戸時代初期に創建され、2012(平成24)年まで一度も修復されることなく当時のままの状態を維持し続けてきた重要文化財・観音堂の障壁画も、高さ4メートルものスキャナで、現物にダメージを与えることなく高精細にデジタル化している。
井出氏はこの絵巻を全国に発信するため、新政府軍(官軍)として薩摩藩と組んだ長州藩ゆかりの山口市で11月13・14日、「鳥羽伏見の戦いと錦の御旗」と題し、デジタル映像に乗せた講談師・神田京子さんの講談を交えて理解を深めるイベントを開く予定(山口市菜香亭・松田屋ホテル ただし新型コロナウイルス感染防止対策で席数は縮小)。
色の考証を担った一人で、 霊山歴史館・学術アドバイザーで幕末維新史を研究する木村幸比古(さちひこ)氏によると、絵巻のもととなる記録の作成の発案は、長州藩の奇兵隊幹部で明治維新後に子爵となった林友幸。当初は文書にしたらどうか、という話だったという。