神戸市北区で2017年に起きた5人殺傷事件。殺人や殺人未遂などの罪に問われた男性被告(30)を「心神喪失状態だった疑いがある」として無罪とした11月4日の一審・神戸地裁の裁判員裁判判決について、神戸地検は16日「判決には重大な事実誤認がある」として控訴した。
刑法39条は被告の刑事責任能力について、「心神喪失者の行為は罰しないとし、心神耗弱者は刑を減軽する」と定めている。法律家は一審判決をどう見たか。
■多面的に検討、冷静な判断 甲南大法科大学院・渡辺 修教授(刑事訴訟法)
心神喪失と耗弱の間にはグレーゾーンがあり、線引きは難しい。ただ今回の事件は、被告本来の人格からあまりに逸脱し、精神障害に支配されていたとみるべきで、さまざまな経歴を持つ裁判員と、経験を積んだ裁判官が多面的に検討し、被害の大きさに目を奪われることなく、冷静な判断をしたと高く評価できる。(今回、検察側は控訴したが)仮にそこで無罪が確定しても、心神喪失者等医療観察法に基づく入院治療措置になる可能性が高く、刑罰の代わりに治療をすることも正義の形と言える。
■「無罪」に抵抗感はあるが…立証責任は検察官に 藤本尚道弁護士(兵庫県弁護士会)
刑事責任能力とは、「善悪の区別」ができ(弁識能力)、その区別にしたがって「自分の行動をコントロール」できる(制御能力)という2つの能力を兼ね備えることを意味する。
本件では起訴前に2回の精神鑑定が実施されたが、責任能力を否定する方向性の1回目の鑑定に比べて、限定的な責任能力を認める方向性の2回目の鑑定は、かけられた時間もその鑑定手法も極めて不十分なものであった。これら両鑑定が比較された場合、1回目の鑑定が採用されるのは当然の帰結だというべきだ。
重大な殺人事件については、国民の多くが「責任能力がない」との理由で無罪になることに強い抵抗感を持つ。裁判所の判断もそういった「世論」を無視できない傾向があって、ことに被害者が複数で社会的に注目される事件ではその傾向が強いと感じる。本件では、検察官の立証不足を見逃すことなく、沈着冷静な判断がなされたと感じる。刑事責任能力についての立証責任は検察官にあるのだ。