『灯台の日』海を照らして154年「光よ、水平線を越えて!」”フレネルレンズ”発明200年 灯台女子・不動まゆうさん | ラジトピ ラジオ関西トピックス

『灯台の日』海を照らして154年「光よ、水平線を越えて!」”フレネルレンズ”発明200年 灯台女子・不動まゆうさん

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 11月1日は「灯台の日」。 2022年、 灯台が日本の海を照らして154年目を迎える。

江埼灯台(兵庫県淡路市)
江埼灯台(兵庫県淡路市)
潮岬灯台(和歌山県串本町)
潮岬灯台(和歌山県串本町)

 1866 (慶応2) 年に、イギリス、フランス、オランダ、アメリカの4か国との間で締結した改税約書(江戸条約)に基づき、東京湾周辺など8か所に灯台の設置が求められた。 当時、日本には洋式の灯台を建設する技術がなく、江戸幕府はフランスと イギリスに灯台のレンズや機械の買入れと建設の指導を依頼。

外国人技師 1869(明治2)年撮影 ※写真提供・海上保安庁
「日本灯台の父」リチャード・ヘンリー・ブラントン(Richard H Blanton)※写真提供・海上保安庁

 その後、明治新政府がこの事業を引き継ぎ、ヴェルニーを技師長とするフランス人の技術者集団により、1868 (明治元) 年11月1日に「観音埼(かんのんさき)灯台」(神奈川県横須賀市)の着工が始まる(翌1868年完成)。 これ以降、1870 (明治3) 年までにフランス人により観音埼灯台ほか3基の灯台が建設される。

 そして、イギリス人土木技師 、R・H・ブラントンが設計するようになり、1877年(明治10年)までに30基の灯台が建設された。 ブラントン は「日本の灯台の父」とも讃えられている。海上保安庁では、我が国初の洋式灯台「観音埼灯台」の起工日(1868年11月1日)にちなんで11月1日を「灯台記念日」と定めた。

「灯台女子」不動まゆうさん

 世界的に観光資源としての灯台の価値を改めて見直し、活用していこうとする機運が高まる。灯台の魅力を多くの人に知ってもらうため、「灯台女子」として自費出版のフリーペーパー『灯台どうだい?』の編集発行人を務める不動まゆうさんは、”灯台マニアのための崖っぷちマガジン”と銘打ち、2014年から季刊で発行している。

「灯台どうだい?」灯台のマニアのための“崖っぷちマガジン”として2014年2月11日創刊

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020~21年は、一部を除き全国各地の灯台の一般公開が取りやめとなったが、行動制限が解除された2023年、不動さんは「海辺で密になることがない灯台を訪れて、ぜひリフレッシュしてほしい」と呼び掛ける。

「灯台どうだい」第1号
『愛しの灯台100』(書肆侃侃房/しょしかんかんぼう 刊・定価:本体1,900円+税)

 不動さんは、灯台好きが転じて灯台の魅力や文化的価値をさまざまなメディアで訴え、100年後の海にも美しい灯台を残すことを目指している。2021には灯台マニアとして、コロナ禍で思うように灯台めぐりができない人に灯台の楽しみ方を解説するバイブルを出版した。『愛しの灯台100』(書肆侃侃房/しょしかんかんぼう 刊・定価:本体1,900円+税) 。


 【「灯台どうだい?」 公式サイト】

【不動まゆう Instagram】
【不動まゆう ツイッター】

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