「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「黒い花びら」などのヒット曲から、日本初の音楽バラエティー『夢であいましょう』(NHK)まで、数々の名曲や名企画を手がけ、和製ポップスの礎を築いた作詞家・永六輔さんと、作曲家・中村八大さんの「六八コンビ」。その足跡と名曲の数化をシンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が紹介します。
【中将タカノリ(以下「中将」)】 今回は和製ポップスの礎を築いた「六八コンビ」について紹介したいと思います。
【橋本菜津美(以下「橋本」)】 「六八コンビ」……まったく聞いたことがなかったのですが、どんなコンビなんでしょうか?
【中将】 作詞家・永六輔さん、作曲家・中村八大さんのことなんですが、お二人ともとうに亡くなってるし、菜津美ちゃんの世代(29歳)だとほとんど触れる機会がなかったでしょうね。
【橋本】 そうですね……どんな作品を作られた方なんでしょうか? 知ってるのかな……。
【中将】 作品は絶対知ってます。「上を向いて歩こう」(1961)や「こんにちは赤ちゃん」(1963)など。1950年代末から1960年代にかけて、数えきれないくらいのヒット曲を手がけているんです。
【橋本】 すごい! それはさすがに知っています! 今回は「六八コンビ」の素敵な曲をいろいろ紹介していただけるということですね。
【中将】 その通りです。お二人の曲はヒットするだけじゃなくて時代を超えて長く愛されていることも特徴ですね。たとえば、水原弘さんの「黄昏のビギン」(1959)。「黒い落葉」というシングルのB面として作られた曲だったのですが、1990年代になって再注目され、ちあきなおみさんなど数多くの歌手にカバーされています。