芦屋の美術にこの人あり 「伊藤継郎展」 芦屋市立美術博物館で開催 7月2日(日)まで | ラジトピ ラジオ関西トピックス

芦屋の美術にこの人あり 「伊藤継郎展」 芦屋市立美術博物館で開催 7月2日(日)まで

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 兵庫県・芦屋で暮らし、自らが心惹かれたモチーフを愛情豊かに描き続け、芦屋の美術にとって重要な存在と位置付けられる洋画家・伊藤継郎(つぐろう)の実像に迫る特別展「芦屋の美術、もうひとつの起点 ー伊藤継郎」が、芦屋市立美術博物館で開催されている。2023年7月2日(日)まで。

伊藤継郎「鳩を配した裸婦」1937年 油彩、布、芦屋市立美術博物館蔵
伊藤継郎「鳩を配した裸婦」1937年 油彩、布、芦屋市立美術博物館蔵

 伊藤継郎は1907年に大阪で生まれた。病弱だったことから、療養を兼ねて1928年に芦屋に転居しアトリエを構えた。その画業は関西の洋画界の歩みと重なる。温厚な人柄の伊藤を慕い、小磯良平や田村孝之介、小松益喜ら多くの画家仲間や文化人が伊藤のアトリエに集まった。

 また伊藤は自宅で絵画教室も開き、子どもから大人まで多くの人が学んだ。1948年には吉原治良らと芦屋市美術協会を結成し、その中心人物として芦屋市展や童美展(児童対象の公募展)の審査を行った。1994年に亡くなるまで、昭和から平成にかけて、芦屋の美術の中心には伊藤継郎の存在があったと言える。

伊藤継郎「二人の司教」1968年 油彩、布 芦屋市立美術博物館蔵
伊藤継郎「二人の司教」1968年 油彩、布 芦屋市立美術博物館蔵

 特別展では、第1~4章で、伊藤が画家として歩み始めた頃から画家としての地位を確立するまでを、当時交流のあった作家20人の作品とともに紹介。第5章では、伊藤の作品を「モチーフ」と「技法・素材」という観点から展示し、伊藤がどのような絵を描いたのか、どのような画家だったのか、その姿に迫る。

 伊藤が好んで描いたのは、日常の一場面や人物、動物、旅先の風景など、自らが心惹かれたものが多い。また、目で見たものをそのまま描くのではなく、自分が気に入ったり描きたいと思った点を強調して描いた。1枚の絵の中でも、絵の具を筆以外の道具を使って塗ったりひっかいたり、チューブから直接出したり、日本画の画材を混ぜ込むなどして、モチーフの質感を表現した。

伊藤継郎 「阿蘇の赤牛」 1961年 油彩、布 芦屋市立美術博物館蔵

「阿蘇の赤牛」は、胴体を大きく足を短くデフォルメして描くことで牛の風格を表現した。自宅から見える風景を描いた「夕暮」は、床やいす、扉などはいずれも絵の具の塗り方を変えてその質感を描き分けている。同館の川原百合恵学芸員は「1つの作品を仕上げるのにとても長い時間をかけていることが想像できる」と話す。

伊藤継郎「夕暮」1936年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
伊藤継郎「夕暮」1936年 油彩、カンヴァス 芦屋市立美術博物館蔵
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