カレーを通して町の良さを発信している店がある。神戸市垂水区の『ワンダカレー店』だ。店主・松田俊宏さんに話を聞いた。
「カレーの味で勝負しているけど、その町も含めて味わってもらえたらという思いが昔からあった」と話す松田さん。2008年8月に神戸市垂水区の塩屋町にオープンした同店はもうすぐ丸15年を迎える。松田さんは神戸・西元町のLUCY(現在は『野菜食堂 堀江座』に名称変更)というカレー店で修行後に独立。塩屋は出身地ではないが、人づきあいの強さや街並みなどが気に入って出店した。
塩屋の町は人がすれ違うときに肩が触れるのでは……と感じるほどの、細い路地が網目のように通っており、行き止まりがあったり急坂があったりと、散歩をするとなかなかに味わい深い場所だという。「うちの店の前は塩屋では“目抜き通り”なんですけど、塩屋のことを知らない人だったら『これがメインストリート!?』って驚くぐらいの細い道です」と松田さんは笑う。
近隣にたたずむ洋館『旧グッゲンハイム邸』は、ツウ好みのライブイベントを行う場所として人気がある。そこを訪れた人が足繁く通ってくれたこともあり、同店の名は関西だけでなく全国的にも有名になった。
「町ごと味わってほしい」という松田さんの思いは、店舗で販売しているレトルトカレーにも表されている。パッケージリニューアルの際、“ちょっとおもしろい仕掛け”を施した。ルゥのパウチ以外に「短編小説」を忍ばせたのだ。
小説は幻想的な作風で知られる作家、いしいしんじさんに依頼。“塩屋とカレーの話”を書いてもらった。なぜいしいさんだったのか聞いた。
「パッケージデザインをしてくれたデザイナーがいしいさんと知り合いで依頼しました。パッケージリニューアルにあたり店頭販売以外に卸や通販もしていくということで、店のことを知らない方や塩屋に来たことがない方に届くことも増えてくる。そういう方に少しでも塩屋と店の情景や雰囲気をイメージしてもらえたらいいな……と思い、いしいさんに書いてもらった小説を添えようということになったんです」
いしいさんには2度塩屋を訪れてもらい、一緒に塩屋を散策。地元の人々と話をしたりしながら案内したのだそう。
「突然に町に現れた、記憶が無いひとりの男のストーリー。そこに住む人々と触れ合いながら物語が進んでいくのですが、皆が世話を焼いたりあれこれ言いあったりする様子は実際の塩屋の日常とオーバーラップし、とてもおもしろい。彼がどこから来てどこへ行くのか……ドキドキできるお話です。小説に登場する人物は架空のキャラクターですが、塩屋の豆腐屋さんや本屋さんなど実在の方がモデルになっています」
小説を手に取った人が、読後にイメージを膨らませ「こういう町で作られてるカレーなんだ」と思いを馳せてもらえればうれしいと、松田さんは期待していた。
さて、カレーといえば子どもから大人まで多くの人に愛されている。自宅で作る際、より本格的なものにするためにはどうしたらいいのだろうか?
松田さんによると自宅でカレーをおいしく仕上げるためには「玉ねぎを飴色になるまで炒める」ことが何よりも大事だという。みじん切りまたはスライスした玉ねぎを水気が出ている間は強火で、水気が無くなったら弱火で焦がさないようにじっくりと炒めていく。このひと手間をかけることで、市販の固形ルウを使ったカレーでもグッとコクが出るそうだ。「時間はかかりますが、根気強く炒めた飴色玉ねぎを使えばかなりおいしくなります」と松田さん。