明治時代に頭角を現し、大正から昭和にかけて活躍した日本画の第一人者、上村松園(1875~1949年)の大規模な回顧展「生誕150年記念 上村松園」が大阪中之島美術館(大阪市北区)で開かれている。初期から晩年までの代表作を中心に、前後期合わせて約110件を公開。松園が生涯をかけて追求した理想の女性像の全容が分かるラインアップだ。6月1日(日)まで。

松園は京都の葉茶屋に生まれ、日本画家の鈴木松年、竹内栖鳳らに師事。人物画の修行を独自に進め、10代半ばから数々の栄誉ある賞を手にした。後年、女性初の文化勲章も受章。女性の日本画家として、また芸術家としてもパイオニアとなった。だが華々しい経歴の裏には、母子家庭に育ち、男性中心だった美術界で人一倍努力と研さんを重ねた道のりがあった。
展覧会は「人生・季節・古典・暮らし」の4つのテーマで構成。作品の人物はほぼすべてが女性だが、若く美しい女性である場合が多い一般的な「美人画」にとどまらないのが松園作品の特徴だ。人物の年代を春夏秋冬になぞらえ、髪型や装いを描き分けた「四季美人図」(1892年頃)、花嫁と付き添いの母が連れだって歩く姿を描いた「人生の花」(1899年/前期展示)などからは、さまざまなライフステージを迎えた女性全般に対する、作者の敬愛の念が感じられる。
松園の母は女手ひとつで松園とその姉を育て、「お前は家のことをせいでもよい。一生懸命に絵をかきなされや」と言って、画家の道を進む松園を惜しみなく援助したという。そんな母が他界した年に発表した「母子」(重要文化財、1934年/後期展示)は、母親が赤子をいとおしげに両手に抱く構図。温かい母性が画面から立ち上ってくるような傑作だ。
また同じ年に描かれた「青眉」(前期展示)は、眉を剃り落とした“青眉”の既婚女性がモデル。明治時代初期頃まで、出産した女性は眉を剃る習慣があったという。松園は著作の中で、自分が作品で描いた青眉はすべてが「母の青眉と言ってよい」とし、「青眉の中には私の美しい夢が宿っている」「私を産んだ母は、私の芸術までも生んでくれたのである」とつづった。日傘を手に穏やかな微笑を浮かべる女性が描かれた「青眉」からは、母への深い愛と追慕の情が見て取れる。






