「がんを切らずに治す」。そんな選択肢が、少しずつ現実のものになりつつあります。
神戸・ポートアイランドにある兵庫県立粒子線医療センター附属神戸陽子線センターでは、最先端の放射線医療「陽子線治療」に取り組んでいます。体への負担が少なく、痛みもない。かつては限られた人しか受けられなかったこの治療法が、いまでは保険適用の広がりを背景に、より身近な存在になってきました。

一方で、すべてのがんに使えるわけではなく、保険の制約や治療効果の限界といった課題も抱えています。現場の最前線では、どんな医療が行われているのでしょうか。
◆手術せず、がんだけを狙い撃つ「陽子線治療」
陽子線治療とは、X線に代わって「陽子線」と呼ばれる粒子線を用いる放射線治療の一種です。がんに放射線を当てて治療するという点では一般的な放射線治療と同じですが、大きな違いは「がんにだけ集中して当てやすい」こと。
「普通のX線と違って、陽子線は腫瘍の位置でエネルギーを集中させる性質があるんです。だから、がんにしっかり線量を届けながら、周囲の健康な組織への影響を抑えることができる。副作用も少なく済むのが特徴です」と話すのは、神戸陽子線センターのセンター長、徳丸直郎さん(※「徳」は旧字体)。
特に子どもや高齢者、臓器の奥深くにあるがんの治療に向いているといわれており、実際に同センターでも小児患者の受け入れが多く行われています。

◆保険適用の拡大で“誰でも受けられる”治療に近づいた
陽子線治療は、かつては“先進医療”に位置付けられ、数百万円単位の費用が必要でした。ところが、2016年から段階的に保険が適用されるようになり、治療を受けやすくなっています。
「現在、当センターに来られる患者さんの9割は、保険が適用されるがん種の方です」と徳丸センター長。前立腺がん、肝臓がん、すい臓がん、早期の肺がんなどが対象で、標準治療と同等の効果が認められているといいます。
費用面のハードルが下がったことで、手術が難しい人や副作用を避けたい人にとって、大きな選択肢となりつつあります。
◆とはいえ、すべての患者が受けられるわけではない
ただし、「陽子線治療=万能な治療」というわけではありません。
「残念ながら、まだ保険が効かないがんもあります。たとえば食道がんなどは現時点で保険適用外です。私たちも国にデータを提出し、適用範囲の拡大を目指しているところですが、診療報酬の改定には時間も手続きも必要です」と徳丸さん。