イチョウの木は、推定樹齢100年。福知山の校舎の真横に立ち、多くの子どもたちを見守ってきた。
河瀬監督によると、万博開幕前の計画では校舎のみを夢洲へ移築し、 イチョウの木は伐採される予定だったという。
しかし、万博へ向けての準備が進む2023年秋、河瀬監督の夢の中にイチョウの木が現れ、「泣きながら、『切らないで 』 と訴えかけてきたような気がした」と、校舎とともに移植を決断。イチョウの木は河瀨館の中心にすえ、イチョウの種から芽吹いた苗木も育てた。


■ 廃校から生き延びたイチョウと阪神・淡路大震災を経験した石碑が共存、「対話」の理念受け継ぐ


小林拓也・芦屋市翠ヶ丘町自治会長は、「阪神・淡路大震災で倒壊した大邸宅(大正時代に建造)の庭園にあり、震災後に翠ヶ丘南緑地へ移された石碑と、廃校した小学校の敷地で生き延びたイチョウ。ここで過去と未来が出会い、新しい物語が始まる。万博の“ いのち ”と河瀬監督プロデュースの“ 対話 ”の理念を受け継ぎ、一人ひとりがつながり、対話することで物語がもっと広がりますように」と期待を寄せる。 苗木は今後、自治会が育てる。
石碑は、桃山時代の茶人・古田織部が創案した型の石灯籠の一部とされる。

河瀨監督は万博会期中、「このイチョウの木とパビリオン、閉幕後どこかへ移すことができないだろうか」と考えていた。その矢先、翠ヶ丘町自治会から日本国際博覧会協会に 「イチョウの木そのものは(巨大で)難しいが、苗木を提供してもらえないか」 と相談があった。そこで、最後に残った苗木を譲渡することが決まった。


今年(2026年)2月、芦屋市を舞台に撮影された河瀬監督の最新作『たしかにあった幻』の公開を記念して開かれた高島崚輔(りょうすけ)市長と河瀨監督のトークイベントで公表された。
苗木の植樹について、河瀬監督は「イチョウの小さな種をみんなが持ち帰ってくれたら、地球上いっぱいに広がるイメージがあった。 それが(河瀨館が発信した)“命のあかし” であり“ 対話”だった。 市民のみなさんのご提案で、イチョウがつなげてくれた芦屋との縁。大阪・関西万博と(自身の)映画を通して未来につながる」と微笑んだ。
■翠ケ丘南緑地






