《神戸・男子高校生殺害事件16年》「将太を、事件を忘れない…」元少年の両親へ 長期逃亡の責任問う

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 神戸市北区の路上で2010年10月4日、堤将太さん(当時16歳・高校2年)が殺害された事件から16年を迎えた。

堤将太さん・遺影

 この事件をめぐって将太さんの遺族は、殺人罪で懲役18年の実刑が確定した元少年(33・事件当時17歳、記事中では「男」と表記)とその両親を相手に損害賠償を求めた。
 しかし、神戸地裁は今年(2026年)3月、男の両親について監督責任や、逃亡をほう助した責任については認めなかった。

民事裁判提訴後、堤将太さんの父・敏(さとし)さんは「私は1ミリも引かない」と、徹底対決する姿勢を見せていた〈2024年6月10日撮影 神戸市中央区・神戸地裁〉

 男は2010年10月4日夜、神戸市北区筑紫が丘の路上で、将太さんを折り畳み式ナイフで突き刺すなどして殺害した。長期逃亡(※1)の末、10年10か月後の2021年8月4日に逮捕され、翌22年1月に殺人罪で起訴された。

 刑事裁判で男は「(将太さんに対する)殺意はなかった」として、起訴状の内容を否認し、弁護側は善悪の判断が著しく低下する「心神耗弱」状態だったとして刑の減軽を求めていた。刑事裁判で、男は殺意を否定した。法廷では「将太さんの将来を奪ってしまった」と述べるにとどまり、一度も遺族と目を合わせることはなかった。遺族のもとには、いまだに正式な謝罪の言葉は届いていない。

 将太さんの父親・敏さんは「(男が)犯行後、神戸から姿をくらましたのは、発覚を遅らせようとしていたのではないか。両親も“逃亡を手助け”していた可能性が高く、監督責任も問われるべき。犯行動機が明確ではなく、なぜ逃亡したのかも知りたい。遺族としての思いは、賠償金ではなく、責任の所在をはっきりさせること。私たちは絶対に1ミリも引かない。あきらめない」と話す。

「せめて、将太の遺影の周りは明るくしてあげないと…」いつも整然としている〈2025年9月30日撮影 神戸市北区〉

 元々、一審・民事判決は到底受け入れられなかった。控訴は視野に入れていた。
 そこに、“一筋の光”が見えた。それは控訴期限直前に下された福岡高裁の逆転勝訴判決(※2)だった。

 「控訴するよ」。3月26日、敏さんはラジオ関西の取材にこう答えた。と同時に「いったい何を相手に裁判をしていたのか。」と怒りをあらわにした。「男も両親も、まだ事件と向き合っていない。当時、未成年だった男に対する親としての責務は何だったのか。責任の所在を考えてほしい」と眼光鋭く語る。

大阪高裁

 これまでの裁判ではすべて、敏さんをはじめ妻・正子さん、将太さんのきょうだい3人の5人で法廷に入り、意見陳述としてそれぞれが心の叫びをつづった。
 敏さんは、「将太が殺害され、私たちの心も殺された。事件後、妻(正子さん)と、将太との思い出の場所を巡り歩くことが多くなった。しかし、そこには将太はいない。将太があなた(被告)に何をしたのか。まだ生きていたかった将太を返してほしい。私たちの生活を戻してほしい」と訴えた。正子さんは、「心の中の将太は16歳のまま。私たち遺族は、望んでこのような状態になったのではない。将太を返して。被告は罪を償えば、それで終わりと思っているのか」と怒りをあらわにした。

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