平たく丸く焼いたカニ身入りの卵焼きをご飯の上にのせ、とろりと餡をかけた料理「天津飯」。我々日本人にとって気軽に味わえる中華の定番メニューで、店に行けば必ずオーダーするという人も多いのでは。しかしながらこの天津飯、中国の都市「天津」を冠しているため同地方の家庭料理だと思いきや、実は郷土料理でもなければ中国料理でもないのです。大阪の中国語教室「実用中国語学院」の学院長・李さんに“本当のトコロ”を教えてもらいました。
「天津飯は完全に日本発祥の料理です」と李さん。明治時代に東京・浅草にあった中華料理店が客にリクエストされて作ったものが起源という説や、戦後の大阪で食糧難から生まれたメニューが起源という説があるそうです。ちなみに中国で天津飯を食べられる店は李さんも学院のスタッフも知らないとのこと。うわさレベルで「中国の日本料理店で天津飯を出している店がある」と聞いたことがある程度なのだとか。
「中国で暮らしている人は、まず天津飯の存在を知らないでしょうね。日本に興味のある人だったら、何かのきっかけで知る機会はあるかもしれません。ですが少なくとも私の周囲にいる中国人は、日本に来て暮らしていく中で初めてその存在を知った人ばかりです」(李さん)
天津の人からすれば生まれ育った場所の名が日本という見知らぬ国の料理名に使われ、なおかつそれが親しまれているわけですが……どういった心境なのかたずねてみると「天津飯は日本に住んだ経験がある中国人くらいしか知らない、かなりニッチな料理です。基本的に『面白い』と感じるのではないでしょうか。“天津”という地名がついた食べ物が日本に存在し、それが日本で熱愛されているという事実が中国人からすれば興味深いですね」と李さん。
広大な面積を誇る中国大陸は、食文化が実に多様。同じ国でも地域が違うと料理も驚くほど変わります。例えば北方では餃子がよく食べられますが、南方では「餃子を食べたことがない」という人は珍しくないそうです。また、中国では盛んに食べられているものの日本ではあまり知られていない料理も多く存在します。北京出身の李さんが教えてくれた故郷の食べ物に限定しても、粉もの料理の煎餅菓子(ジィェンビングゥオズ)や豆腐料理の豆腐脳(ドウフナオ)など、日本では聞きなれないものが並びます。
数え切れないほど多彩な料理を有する中国において、天津飯に近い料理は存在するのでしょうか。
「蓋澆飯(ガイジャオファン)と呼ばれる料理が近いかもしれません。“具のせご飯”のようなもので、日本でいう丼モノのたぐいと言えるでしょう。ただしこの料理は、麻婆豆腐・炒め物・カツ・カレーに似たものなどのせる具は実にさまざま。玉子料理をのせたものは、見方によっては天津飯に似ているかもしれません」(李さん)
☆☆☆☆
今回に似たケースとして、「天津甘栗」も日本独自の食べ物なのだとか。李さんいわく、チェーン店や町中華などのいわゆる「“日本式”中華料理店」で提供されるほとんどのメニューは中国には無いそうです。
(取材・文=つちだ四郎)