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  • 《2》震災報道の検証 【3-B】放送体制の総括

    【3-B】放送体制の総括

    (1)指揮系統
    ・本部決定の方針を全体に説明し、それに基づいて全体が動くと
    いう基本的な面で十分であったとは言えない。
    全員が同じ情報を共有して、ことにあたるという情報の共有化の面での措置、例えば、掲示板、マイクなどの活用が十分でなかった。
    ・本部デスクの役割分担は決めてはいたが、混乱と様々な対応に追われ、
    それぞれの任務があいまいになった。
    ・異常な状況下で報道を続ける局員の士気を高め、指揮して行くという管理面も十分であったとは言えない。
    ・人員の掌握が難航し、初めての経験ということもあり、有効な配置がされなかった。
    当然のこととして、一部の社員への負担が増大した。
    ・放送と並行しての記録、情報の整理などの指示ができなかった。
    ・取材チームへの指示、バックアップ、サポートが不十分だった。
    ・前線部隊への、食料・水の補給等の援助が後手にまわった。
    ・震災報道を長期的にとらえる視点が不明確で、体制づくりも十分やれなかった。

    (2)情報デスク
    本来、一番動かねばならないセクションが十分機能しなかった。
    デスク員の大半が被災または交通事情で出社不能状態にあったことも一因であった。
    震災報道の実働部隊の先頭に立たねばならないが、いわゆるニュース編集の域を出なかった。
    日常的な情報デスクのまとまり、緊急対応体制の不十分さが露見したといえる。

    (3)放送体制
    ・人員不足から一人ひとりの負担が大きかった。
    特番体制をいつまで継続するべきかということが不明確であったため、各自が自分の行動のスケジュール化をできなかった。
    ディレクターはともかく、しゃべり手は常に不足し、特に深夜・早朝の配置は難航した。
    ・電話(安否・生活情報)受けの要員の確保も十分ではなかったが、
    役員・営業局・総務局・関連企業・タレント諸氏・外注業者諸氏が積極的に応援体制に入り、何とか継続することができた。
    しかし、電話の総量から推察すれば、相当数がかけてもかからない状態であったと考えられる。
    アナウンサー、ミキサーADの面では、早朝番組のタレント、ミキサー(外部委託)、AD諸氏の献身的な支援が大きな力となった。

    (4)取材体制
    ・ラジオカーは総じて記者、技術者、運転手というセットが固定化され、
    個人的負担が大きかった。
    レポートのできる記者不足も表面化した。
    ・県・市災害対策本部への記者派遣は一応行ったが、他社のような貼りつけ状態とは程遠かった。
    ・県警警備本部には一応常駐体制をしき、特に死亡者名簿は新聞より早くということから、最初の一週間は完全放送した。
    ・防災機関、ライフライン機関へはほとんど記者派遣はできず、積極取材はできなかった。
    ・この他、被災地の取材は、POPで、あるいはマイカー、徒歩で、なかば自発的に行われた。
    外注業者、タレント諸氏は取材面でも大きな力となった。

    (5)技術的側面
    ・ラックは耐震措置をしていたので、放送の基本ラインは無事だったが、ロッカー等が倒れて機材が散乱、破損し、中継準備に手間取った。
    ・自家発電設備がある安心感はあったが、今回のような長時間停電は想定していなかった。
    ・燃料の供給不足、停電で、本社屋上の400メガ受信機が使用できなかった。 ガレージの電動シャッターが開かず、中継車を出せないなどの事態となった。
    ・上階住宅の水道管が破裂し、スタジオ副調に水漏れがするという予想外のこともおこった。

    (6)全体として
    ・全体としてバックアップ体制が整わぬ過酷な条件下で、本社・取材先ともに全員が奮闘した。
    ・日頃の備えがない中で大災害でのラジオの役割の認識、被災者への思いは暗黙のうちに一致していった。
    ・結果として放送に統一感が生まれ、災害時のラジオとしての使命を果たすことができた。
    ・人員不足から取材面も最少限の域を出なかったこと、指揮・命令系統の不徹底、情報の送り出し、編集の不完全さ、記者不足など反省・課題は多いが、マスコミの人間という自覚にたって、現場のみならず、他セクションの社員も放送活動に積極参加し、文字通り社あげて取り組んだ震災報道と言える。
    現場に限って言えば、いわゆる報道記者-キャリアのある-が不足しており、まして大災害に対してほとんどの人間が未体験の中で、ベテラン社員の活躍が特筆される。
    ・とりわけ、初動での対応、ラジオカー取材、技術部の対応などで威力を発揮するとともに放送構築の面でもその意志が反映された。
    ・一方で、初の体験とはいえ、若手社員が自然に報道体制に組み込まれた結果、実質的報道体験で大きく成長し、その後の仕事への意欲へはねかえる効果も生んでいる。
    ・69時間ないし震災後2週間位は張り詰めた状態で放送を維持してきたが、社屋脱出後しばらくして疲労と要員不足から息切れ状態となった。
    ・2月半ばから震災を息長く伝えるための体制づくりに入り『震災情報ステーション』をスタートさせるなど再構築を図ったが、内部の温度差の拡がりは阻止できなかった。
    ・震災報道にたずさわる者と全く関係のない者がはっきり分かれだしたのは今後の大きな課題と言えよう。
    ・被災地のラジオとして、地域の期待に、一定応えることが出来たが、今後、あらたな視点で地域のための息の長い報道をする体制の整備と番組づくりを進める必要がある。
    基本的には、4月に発足した情報センター中心の再構築となることは言うまでもない。