「見えぬ敵、この国に問う」勝海舟・玄孫が語る 髙山みな子さん 新型コロナウイルスに思う | ラジトピ ラジオ関西トピックス

「見えぬ敵、この国に問う」勝海舟・玄孫が語る 髙山みな子さん 新型コロナウイルスに思う

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『氷川清話(ひかわせいわ)』
『氷川清話』明治31年(1898)ごろ刊行。海舟と交友があったジャーナリスト・徳富蘇峰が序文を記した。 

 ここで明治29年(1896)年、東北で起きた津波被害に触れ「今では騒ぎばかり大きくて、ぐずぐずしているうちには、死ななくもよい怪我人(今は感染者のことか)も死ぬし、飢渇者もみんな死んでしまうよ。つまりやり口が手ぬるいからの事だ。何とむごたらしいじゃないか」と語っている。

 政治家が重箱の隅をつついて施策を決められないうちに人心は政府から離れてしまった。政治家は重箱の隅を見つめるのではなく、今どんな重箱が必要とされているのか、いくつ必要なのか、それをどこに一番先に届けるべきか大局を見るべきだった。そして今回は即決断・即実行が必要だった。

 海舟は「3か年も5か年も、つまり被害の具合次第で納税を年賦にしてごくゆるくしてやるのだ。一方では怪我人や飢渇者を助け、他方では年貢をゆるめるから、被害の窮民はよろこんで業(仕事)につくようになるものだよ。こうなれば、もうしめたもので、安心さ。」とも語る。

 これは明治維新から約30年後、今から124年前の事であり、津波ではなく新型コロナウイルスという感染力の非常に強い疫病に置き換えても、得られるヒントはいくつかあると思う。

■「ぐずぐず」でなく「どんどん」

 これまでにも非常に感染力の強い病気はあった。近いところでSARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ。いまさら遅いがもっと緊急事態を想定して「備え」ておくべきだった。

 非常事態には初動をいかに早く的確にできる事が必要で、「ぐずぐず」対処していては駄目。「どんどん」対処していくスピードが肝心だとも言っている。

 江戸幕府に進言した海舟が生きていたら30万円だの10万円だの、支援金の給付について「いくらだってどういう方法だっていいじゃないか、形もメンツも関係ない、とにかく早く国民の手元に届けるのが肝心だよ! 国民は困っているんだよ!」と霞ヶ関で叱咤したのではないかと思う。

 また海舟なら今回、この様な疫病が出た場合の中核病院、一時待機宿泊所など決めておくことが肝心だと言うと思う。「だってお前さん、備えあれば憂いなしって言うじゃあないか」と地図を拡げて印でもつけるのではないか。

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