『明智光秀を破った「丹波の赤鬼」~荻野直正と城郭』の著者・高橋成計さんに、田辺眞人が直撃(3)「直正をめぐる丹波の城郭」

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 明智光秀ゆかりの地として注目される兵庫丹波の歴史、日本遺産、文化施設、食文化、地域活性に活動される方を多目的に取り上げる『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』(ラジオ関西)。5月7日の放送では、『明智光秀を破った「丹波の赤鬼」~荻野直正と城郭』(神戸新聞総合出版センター)の著者・高橋成計さんが電話出演した4回シリーズの3回目をオンエア。今回は「赤井(荻野)直正をめぐる丹波の城郭」をテーマに、高橋さんと、「兵庫・神戸のヒストリアン」として活躍する田辺眞人・園田学園女子大学名誉教授、久保直子さんがトークを展開しました。(構成:久保直子さん)

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田辺先生
高橋成計さんの著書『明智光秀を破った「丹波の赤鬼」~荻野直正と城郭』(神戸新聞総合出版センター)を手にする、『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』パーソナリティーの田辺眞人さん

◆野山城

田辺眞人(以下、田辺) 赤井(荻野)直正をめぐる城郭というのは現在の丹波市(旧氷上郡)にあったお城ですね。

高橋成計(以下、高橋) 「初陣の城」といわれるものがあり、それが今の春日町野山という集落の上にある野山城です。丹波の守護代の内藤氏を相手に戦い、黒井城を追い出され、別所に逃げるときが初陣だと思われます。

田辺 守護代、守護、幕府といった伝統的な権威に対して、(直正が)実力で存在を主張し始めたのですね。

高橋 戦国時代ですから、守護代といっても名目上の事。細川の内乱のなかでのことですから。

田辺 野山城はどのような形で残っていますか?

高橋 今も山の中の岩盤の上にあり、堀、堀切、曲輪という兵士が詰める平坦部が残っています。(野山城は)野山という集落から登るのですが、道がなく崖のようなところですから1時間半くらいかかります。

◆朝日城

田辺 他の代表的な城は?

高橋 朝日城ですね。現在は住宅地と土取りのために、今は半分ほどしか残っていません。

田辺 ここは黒井城から谷を隔てたところですか?

高橋 黒井城から2キロほど北西の方向にあります。現在の春日町朝日という集落のちょうど南で、向山の北。向山から降りて来た尾根の先端くらいになりますね。

田辺 朝日城の城郭としての特徴は?

高橋 非常に細かい曲輪を作っています。畝状空堀という堀と土塁を交互に入れたものとか、堀切を使って、すごく細部に分かれた城です。

田辺 直正が設計したと考えて良いのですか?

高橋 荻野氏の本城です。直正も関わっていると思うのですが、荻野十八人衆という連中が守っていた城です。そこで勢力が大きくなったんですよね。

◆黒井城

田辺 野山城、朝日城ときて、次はどこですか?

高橋 黒井城ですね。荻野秋清を倒してからは、ここに本拠を置きます。今、残っている西の丸や土の城、砦あたりは直正によるもので、石垣の城は後から明智氏が作ったものです。

田辺 黒井城は、かなり城跡の規模が大きいですね。

高橋 2キロに渡って尾根の細部に出丸があり、出丸の集合体ですね。一つが落ちたら、そこを捨てて次の所に集まるようなところですね。

田辺 登ろうと思えば1時間ちょっとはかかりますかね?

高橋 黒井城を全部把握するには、2日はかかりますね!

久保 見るだけでそんなにかかるんですね!

高橋 命がけで行かないといけません!!

◆三尾山城

高橋 それから、三尾山城です。ここは弟の幸家が最後に入りました。

田辺 三尾山というのは険しい岩山でしょう?

高橋 そうです、こんな上によくぞ城を築いたなというところにあります。

田辺 多紀郡との境目みたいな役目を持つのでしょうか?

高橋 波多野とのつなぎの城です。この佐中峠を通って入られると、国領に降りられてしまうという重要な所ですからね。一歩引いて、三尾山に城を置いたのでしょうね。

田辺 三尾山の場合、山城は守るのには良いでしょうが、ここへ味方が行くにも大変ですね。

高橋 大変です。生命を維持するために食料を運んだりするのは大変なところですね。

田辺 三尾山城も現在、遺構が残っているのですか?

高橋 全部、きれいに残っていますね。

久保 規模はどれくらいですか?

高橋 当時、拡張したものですから、長さにして250メートルくらいあるでしょうか。

田辺 黒井に本城を置き、多紀との境目に三尾山城があってという感じですね。

◆烏帽子山城

高橋 今の夜久野に、烏帽子山城という、但馬への遠見のための城があります。烏帽子山(520メートル)のところです。

田辺 ということは、今の福知山から和田山へ(つながる)山陰本線のあたりだと思いますが、丹波から但馬への重要な交通路をにらむような形で作られたのですね。

高橋 烏帽子山城に入ったことは、夜久氏の夜久文書にも出てきます。

田辺 遺構は残っていますか?

高橋 横堀などがきれいに残っています。

田辺 ただ、こちらも見学に行くとなると大変なところですね。

高橋 私がひとりで行っても1時間半くらいかかりました。見晴らしは標高512メートルですから360度見えます。

田辺 ここなら北側に福知山から和田山へ行く道路があり、南側は遠阪峠の方へ行く道ですね。

高橋 これを見てるんですね、遠くから。遠くから見てるから、相手に対しても威嚇にはなります。

田辺 そうすると、黒井城を中心にして北西には烏帽子山城があり、南東に三尾山城がある。そして、黒井城のすぐ谷の対岸に朝日城と、直正にしたら元々の故郷みたいなお城があるということですね。

高橋 はい。そうです。これが直正の代表的な城だと思いますね。

◆高橋さんおすすめの城跡は? ただし、登るのは命がけ!?

田辺 構造とか、今残っている遺構で、特に高橋さんが見学のおすすめというような城跡はありますか?

高橋 やっぱり黒井城の西の丸あたりはよろしいんじゃないですか。横堀があって。黒井城に上ってから崖を降りなければいけないのですが。昔は道のあったところがなくなってしまっていますので、そこを復興させられたらと思うのですがね。

田辺 昔の道というのは兵主神社のあたりから登って行く道があったのですか?

高橋 そうです。兵主神社の近くの高等学校から上がる道です。今は道が消えていますが一番安全な道でした。

久保 山城に登ろうと思ったら、両手が空いたままでなければ無理ですね。

高橋 山を歩いた人間じゃないと、踏み外したら命がないという……(苦笑)。

久保 この本を読ませていただいて、一度行ってみようと思ったんですが、気軽に思わない方が良いですか?

高橋 これは観光協会も推薦していませんので……(苦笑)。「保月(城)という、黒井城の上だけにしていただき、降りないで下さい」と言われています。私はずっと歩いていますから、「(どうしても)行く」という人には案内していますが……。

田辺 保月城の所から西の丸へ行くといえば、ものすごい痩せ尾根をずっと通って行かなければいけないですよね。

高橋 まるでロッククライミングをするように行かないといけません……(笑)。

田辺 昔の人はそれで守りを固めていたわけですから。

高橋 昔は北の丸から横に細い道があったんですが。

久保 もっと詳しくは、この本を読んでいただければと良いと思います。「丹波の赤鬼」の著者・高橋成計さんに今回は「赤井(荻野)直正をめぐる丹波の城郭」についてお聞きしました。

番組
田辺眞人・園田学園女子大学名誉教授と久保直子さん
田辺眞人・園田学園女子大学名誉教授と久保直子さん

高橋成計『明智光秀を破った「丹波の赤鬼」 ~荻野直正と城郭~』(神戸新聞総合出版センター)
定価 本体2,300円+税
発行日 2020年2月
ページ 240ページ
ISBN  978-4-34-301061-2

神戸新聞総合出版センター
https://kobe-yomitai.jp/book/1007/


『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』2020年5⽉7⽇放送回

ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波 | ラジオ関西 | 2020/05/07/木 17:35-17:50

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