『安倍1強』の7年8か月(5)冷えた日韓どう見る 国際舞台での存在感は? 神戸大大学院・木村 幹教授

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 憲政史上最長となった7年8か月の第2次安倍政権が終わる。「外交の安倍」とも称されたが、印象としてトランプ・米大統領との蜜月関係を挙げる人も多いだろう。一方で政権の後半では旧・徴用工問題や韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射などを機とした日韓関係の悪化を象徴する変化もあった。戦後最悪とされた日韓関係はどこへ向かうのか。神戸大・大学院教授の木村幹さん(比較政治学、朝鮮半島地域研究)に聞く。

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安倍首相とトランプ・米大統領
安倍首相とトランプ・米大統領 ソウル市内の街頭ポスターに「韓米日政府共有約定破棄!戦争犯罪謝罪賠償!」の文字が(2019年9月 画像・木村幹さん提供)

■まず安倍首相とトランプ・米大統領、「シンゾウ・ドナルド」の日米関係は本物だったのか?国際舞台での安倍首相の存在感とは?

 やはりトランプ大統領は安倍首相を信頼していたように思う。トランプ氏からすると、あれほどまでに熱心にアプローチする世界の指導者は安倍首相ぐらいだった。カナダしかり、ヨーロッパ各国の首脳がトランプ氏と距離を置く中で、サミットをはじめ、トランプ氏はさまざまな場所で安倍首相の存在は心強かったのではないか。

 こと外交に関して言えば、長期政権は圧倒的に有利である。サミットや国際会議で、各国首脳が顔を知っていて経験があるのが大きい。ヨーロッパでドイツのメルケル首相(2005年11月~)が大きな存在感を示すのは「ずっといる」から。トランプ大統領は国のリーダーとして登場してまで4年弱の新参者に過ぎず、そこで「シンゾウ」が一緒にやってくれる、というのは助けになったはずだ。

「安倍首相は外交に対して影響力がなかった」という日本国内での評価もあるだろう。しかし第2次安倍政権が生まれる前、約1年おきに政権が変わった時期を思い起こせば、それなりの存在感があって、それなりの役割を果たしたことは否定できないと思っている。

木村幹さん
木村幹さん「トランプ・米大統領にとって安倍首相の存在は心強かった」

■対朝鮮半島外交ではどうだったのか?

 これから先、10年後、20年後ににわかることになると思うが、安倍晋三という人物は、日本の首相として対韓国、対北朝鮮といった朝鮮半島への強い関心を持った最後の存在と評価されるのではないかと思う。安倍首相の対朝鮮半島の外交は、一言でいうと「古いレシピを持ってやって来たシェフ」というイメージ。後継候補の名が挙がる3人が、何かしらこの2国に特段の関心があるようには見えない。何よりも安倍首相自身が1960年代の親韓派の巨頭とされる岸信介氏の孫ということもあるし、第2次安倍政権がスタートした時の韓国では朴槿恵(パク・クネ)氏が大統領だった。安倍首相は岸信介氏からの流れを汲み、朴槿恵氏と親交もあった。だから日韓関係は安泰だ、うまくやれると言われていた。拉致問題に関しても安倍首相自身、自分がよく知っている、自分がやってきたという気持ちがあった。結果的には対韓国、対北朝鮮は満足のゆく結果とはならなかったが、第1次政権を退いてからの菅直人氏、野田佳彦氏、麻生太郎氏などに比べると、方向性が良かったかどうかは別にして、さまざまな手を打ってきた印象は強い。

2019年3月1日
「三一独立運動」から100年のソウル市内 旭日旗は反日のシンボルとも(2019年3月1日 画像提供・木村幹さん)

■「古いレシピ」とは?

 安倍首相の韓国での本来のパートナーは保守派である朴槿恵氏だった。だからこそ同じ保守・親米派(左派とされる文在寅大統領とは違い)であり、岸時代とつながる「反共」、冷戦時代の価値観を持っていて(昔は米ソの冷戦)が今では米中の「新・冷戦」で日本と韓国はアメリカと組んで中国、あるいは北朝鮮に圧力をかけることが当初の思惑だった。

 朴槿恵氏は朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の娘であり、保守派の中でもかなり右側に位置するためにパートナーシップを組めるだろうと考えていた。と同時に北朝鮮に対しても昔ながらの、水面下での外交をすることによって取引をして何とかやれるだろうと。これが古いレシピ。いわゆる旧・冷戦時代の、外務省などが水面下でまとめて交渉を尽くし、日韓、日朝関係をまとめるやり方を押し通そうとした。

 しかし、時代はそうではなかった。韓国では外交をはじめ政治全般が常に世論にさらされ、水面下の交渉は世間の非難を受けるという風潮が進んでいた。一方日本は、米中の新・冷戦のなか巨大化する中国に圧力をかけるべく臨んだが、韓国はそうした動きは取れなくなっていた。そうすると、安倍首相のフラストレーションが溜まる一方だった。最後はどんどんカードを切っていくしかなかった。

2019年3月1日
「三一独立運動」から100年のソウル市内(2019年3月1日 画像提供・木村幹さん)

■日韓は冷え切った、というのが日本側の印象だ。ここまで冷え切ると想像していた?

 韓国では文在寅政権に代わり、もう少しトーンダウンするのかなと思っていたが、ここまで冷え切るところまでは想像していなかった。文在寅大統領は日韓関係に関与しないというスタンス。たとえば徴用工問題に関しては司法の問題、従軍慰安婦問題は市民団体が関わっているから、というスタンス。この間に徴用工や慰安婦の方々の高齢化が進み亡くなられていくなか、「ちょっと冷酷な」印象もぬぐえない。もう日韓関係で汗をかかないという印象がある。それに対して安倍首相は自分で何とかしたい、という全く対照的な図式だった。それが圧力というやり方だった。

 昔ならば日本と韓国が経済的に力の差があったので、それこそ「古いレシピ」を使って、日本側が韓国に圧力をかければ何とかなったが、今はそうはいかない。日本が弱くなったというよりは韓国が強くなった、グローバル化の中で世界での日本の相対的な重要性が下がった、という見方もできる。そうしたなか「安倍流の古いレシピ」、古いやり方が通用しなくなった。どんどんカードを切ったが、文在寅政権を動かしようがなくなった、北朝鮮に対してもしかりで、強硬策を打って日本政府の独自制裁によって2010年以降は貿易がほぼゼロとなり、手の打ちようがなくなったのと同じ傾向が出た。韓国に関しても同じだったのだ。これは安倍首相が懸命になっていたからこそ、カードを早回しで切っていったという見方もできるが、カードを切り続けて、全部なくなったら、残るのは失望だけだったという印象を受けた。

2019年3月1日
「三一独立運動」から100年 故・朴正煕大統領を模したコスプレも(2019年3月1日 ソウルにて 画像提供・木村幹さん)
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「三一独立運動」から100年 植民地時代の旧・日本軍をイメージした兵隊(2019年3月1日 画像提供・木村幹さん)

■韓国に対して早回しで切った、最も大きなカードはどれか?

 特徴的なのは2019年の経済産業省による「輸出管理規制」の発動。日本政府は直接関係ないとは主張するが、当時、菅官房長官の「元徴用工問題などに発する信頼関係の毀損(きそん)」との発言もあり、日本は結果的に歴史認識問題と経済問題を引っ付けた。さらに日本国内の一部の論調に「これ(輸出管理規制の発動)で韓国も困るだろう」という錯覚もあった。日本のメディアも「これからどうなる?」といった先行き不安な取り上げ方をしたが、結果として何も起こらなかった。確かに、発動への反発として韓国国内で起きた大規模な日本製品のボイコットは、経済界の一部に大きな影響を与えたものの、それにより日本政府の施策や世論を変えることはなかった。それが日韓関係の現実で、日本側がカードを切ったのに効果がないことを見せてしまうと、相手の韓国は「もう大丈夫だ」と思ってしまう。そこでも「古いレシピ」を使った感がある。

木村幹さん
木村幹さん「朝鮮半島への思いは強かった安倍首相、『古いレシピを用いたシェフ』」

■14日、事実上の新・首相となる自民党総裁が誕生する。次期政権は日韓関係をどう継承する?

「ジタバタしない」のが一番だと思う。いま新型コロナウイルスの影響で実質的な交流がストップしているが、最大の課題は「普通の状態に戻す」こと。もともと日韓は貿易も人の行き来も活発で、何もしなければ普通に動くのだが、安倍政権は下手に何かを動かそうとしたがために失望感が残ってしまった。だったら最初から何も仕掛けることはない。これは韓国側も同じスタンス。だからこそ韓国側のやることにいちいち神経質に反応する必要はないし、法律的な措置は粛々と受け止めるべきではないかと思う。

 特に日本国内では韓国に対する特別な思いを持ち過ぎなのではないだろうか? たとえば日中が突然仲良くなることはない。外交はそういうものだと思う。日韓の歴史認識問題にしても、今後もずっと続くように思う。北朝鮮の体制の問題にしても急に歩み寄ることは普通は考えづらい。次の政権は、韓国や北朝鮮への関心の度合いを問わず、こうしたことと向き合う覚悟を決めなければならない。グローバル化の中の共存、他人と一緒に生きる、周辺国が抱えるいろんな問題を見つめながら、ともに生きて行く。そうした意味で安倍政権は通るべき道、踏むべきステップを歩んだのは間違いないと思う。

 そこで見えてきたのはグローバル化が進む現在、1か国だけの経済的圧力で、他国の政治的な動きを変えさせるなど不可能だった、という点だ。

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木村幹さん

◆木村 幹(きむら・かん)
1966年、大阪府東大阪市生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。神戸大学大学院国際協力研究科教授。NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。著書に『日韓歴史認識問題とは何か歴史教科書・『慰安婦』・ポピュリズム』(第16回読売・吉野作造賞受賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(第25回サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(第13回アジア・太平洋賞特別賞受賞)。
2020年7月には『平成時代の日韓関係』(ミネルヴァ書房)、『歴史認識はどう語られてきたか』(千倉書房)を相次いで執筆。熱烈なプロ野球・オリックスファンとしても知られる。

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