■韓国に対して早回しで切った、最も大きなカードはどれか?
特徴的なのは2019年の経済産業省による「輸出管理規制」の発動。日本政府は直接関係ないとは主張するが、当時、菅官房長官の「元徴用工問題などに発する信頼関係の毀損(きそん)」との発言もあり、日本は結果的に歴史認識問題と経済問題を引っ付けた。さらに日本国内の一部の論調に「これ(輸出管理規制の発動)で韓国も困るだろう」という錯覚もあった。日本のメディアも「これからどうなる?」といった先行き不安な取り上げ方をしたが、結果として何も起こらなかった。確かに、発動への反発として韓国国内で起きた大規模な日本製品のボイコットは、経済界の一部に大きな影響を与えたものの、それにより日本政府の施策や世論を変えることはなかった。それが日韓関係の現実で、日本側がカードを切ったのに効果がないことを見せてしまうと、相手の韓国は「もう大丈夫だ」と思ってしまう。そこでも「古いレシピ」を使った感がある。
■14日、事実上の新・首相となる自民党総裁が誕生する。次期政権は日韓関係をどう継承する?
「ジタバタしない」のが一番だと思う。いま新型コロナウイルスの影響で実質的な交流がストップしているが、最大の課題は「普通の状態に戻す」こと。もともと日韓は貿易も人の行き来も活発で、何もしなければ普通に動くのだが、安倍政権は下手に何かを動かそうとしたがために失望感が残ってしまった。だったら最初から何も仕掛けることはない。これは韓国側も同じスタンス。だからこそ韓国側のやることにいちいち神経質に反応する必要はないし、法律的な措置は粛々と受け止めるべきではないかと思う。
特に日本国内では韓国に対する特別な思いを持ち過ぎなのではないだろうか? たとえば日中が突然仲良くなることはない。外交はそういうものだと思う。日韓の歴史認識問題にしても、今後もずっと続くように思う。北朝鮮の体制の問題にしても急に歩み寄ることは普通は考えづらい。次の政権は、韓国や北朝鮮への関心の度合いを問わず、こうしたことと向き合う覚悟を決めなければならない。グローバル化の中の共存、他人と一緒に生きる、周辺国が抱えるいろんな問題を見つめながら、ともに生きて行く。そうした意味で安倍政権は通るべき道、踏むべきステップを歩んだのは間違いないと思う。
そこで見えてきたのはグローバル化が進む現在、1か国だけの経済的圧力で、他国の政治的な動きを変えさせるなど不可能だった、という点だ。
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◆木村 幹(きむら・かん)
1966年、大阪府東大阪市生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。神戸大学大学院国際協力研究科教授。NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。著書に『日韓歴史認識問題とは何か歴史教科書・『慰安婦』・ポピュリズム』(第16回読売・吉野作造賞受賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(第25回サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(第13回アジア・太平洋賞特別賞受賞)。
2020年7月には『平成時代の日韓関係』(ミネルヴァ書房)、『歴史認識はどう語られてきたか』(千倉書房)を相次いで執筆。熱烈なプロ野球・オリックスファンとしても知られる。