2010年10月、神戸市北区筑紫が丘の路上で、高校2年の堤将太さん(当時16歳)が刺殺された事件は4日、未解決のまま10年を迎えた。将太さんの父・敏さん(61)がラジオ関西の単独インタビューに応じ、「10年の月日、揺れ動いた気持ちのなかで、ただ1つ、変わらないものがある」と胸の内を語った。
『父親らしいことした記憶がなかったんです』
敏さんは4歳の時に父親と死別、理想の父親像を持たなかった。サラリーマン勤めのあと、30代で個人起業し、電気工事の仕事を手掛けるようになった。とにかく仕事、仕事で家庭を顧みることはなかった。将太さんは姉2人・兄1人の4人きょうだいの末っ子。「久しぶりに早い時間に家に帰ると、2人の娘が玄関に出てきて『お父さん、来たん?』と言うんです。『お帰りなさい』ではなかった。次の日に仕事に出かけようとすると『お父さん、また来てね』って。子どもたちの運動会にも行ってやることもなかったです。子育ては妻に任せっきりでしたね」。
将太さんが小学校低学年のころ、たまたま一緒に車で買い物に出かける機会があった。半日一緒に過ごした将太さんが帰宅後、妻・正子さんに「僕、生まれて初めてお父さんと2人でお出かけしてん。うれしかった」と言ったそうだ。正子さんからその話を聞いた敏さんは「そんなに子どもたちをほったらかしにしていたのか。これまで本当に悪いことをしていたんだな」と反省したという。そこから子どもたちとの距離が縮まっていった。
『俺、おとんの仕事継いでええの?』
2010年の夏休み。敏さんが、たまたま将太さんを現場に連れて行き、手伝ってもらった帰りの車で「将太、お父さんの仕事やってみるか?」と問いかけた時に将太さんが発した言葉だ。
「あの時ね、私も実は将太がこの仕事に向いてるんじゃないかな、って思ってたんですよ。現場には気の荒い職人たちがたくさんいる。はにかみ屋で恥ずかしがり屋の将太が、その人たちとうまくコミュニケーションとってね。どうなんでしょうね。同じ時間を共有して何かを感じ取っていたのかな」。将太さんはバイクや車が好きで、整備士になる夢もあったが、高校を卒業したら父親が歩んだ道をたどるのも悪くない、そう思った約2か月後に事件は起きた。
『このあたりも風景が変わった』