『将太と私との間に、犯人を踏み込ませたくない』
なぜ将太さんが殺されたのか、なぜ襲われたのか。この事件を風化させたくない気持ちはもちろんあるが、本音を言えば風化してもいい、犯人が捕まりさえすれば。時が過ぎれば風化は止めることはできないのだから。
事件から10年、犯人検挙の一報が聞けない毎日がつらく、心折れそうになったこともある。40年連れ添った妻・正子さんも同じだった。
2019年7月、京都アニメーションの放火殺人事件が起きた。一連の報道で「(亡くなった)娘と、親である私との間に犯人を踏み込ませたくない」という遺族のコメントに接して、敏さんは大きくうなづいた。「事件・犯人・息子を並ばせたくない。将太と一緒に事件と、犯人と戦っている」。犯人検挙はもちろん大事だが、ただ1つ、父と息子の関係は変わらない。これは別の軸として。幼い将太さんと過ごしたあの日から、敏さんは父親として向き合うようになっていたからだ。
「私にとって10月4日は事件の日ではなく『将太の命日』なんです。この日は将太を偲んで静かに過ごしたい。将太が私の息子だという証(あかし)として、同じ時間と空間を大事にしたいのです」
ダイニングテーブルに座ると、正面の窓際に野球好きだった将太さんがグラブを持っている写真が飾ってある。「おとん、元気出してや!」、そんな声が聞こえてくるような気がする。敏さんも還暦を過ぎた。あどけない表情の将太さんを見つめ、目を潤ませるようになった……。
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◆神戸市北区における男子高校生殺害事件