旧優生保護法・兵庫訴訟 原告ら控訴「除斥期間=20年時の壁」どう見る?弁護士・藤本尚道さん

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 旧優生保護法(1948~1996年)のもとで不妊手術を強いられたのは違憲だとして、兵庫県内の聴覚障害者の夫婦2組と脳性まひのある神戸市の女性の計5人が国に計5500万円の損害賠償を求めた訴訟で、旧優生保護法を違憲と判断したものの、賠償請求をいずれも棄却した3日の神戸地裁の判決を不服とした原告らが16日、控訴した。

 全国9地裁・支部で起こされた損害賠償請求訴訟の判決は6件目。違憲判断は仙台、大阪、札幌の3地裁判決に続き4例目となった。これまで国に賠償を命じた判決はない。

旧優生保護法・兵庫訴訟 一審原告敗訴を伝える弁護団(2021年8月3日・神戸地裁)
旧優生保護法・兵庫訴訟 一審原告敗訴を伝える弁護団(2021年8月3日・神戸地裁)

 神戸地裁は判決で、「旧優生保護法の立法目的は極めて非人道的であって、個人の尊重を基本原理とする憲法の理念に反することは明らかだ」と指摘した。さらに改廃を怠った国会議員の不作為を違法とする初の判断も示した。一方、原告らの損害は強制不妊手術が行われた1960年代に発生し、精神的に著しい被害を原告らに与えたと認められ、原告らは損害賠償請求権を有していたが、手術が行われた頃に訴訟提起が困難だったとしても、遅くとも1996年の法改正の時点では手術が不法行為に当たると認識できた。そして2018年~2019年の提訴までに20年の「除斥期間」が経過したため、損害賠償請求権は消滅したと判断した。

 今回の司法判断について藤本尚道弁護士(兵庫県弁護士会)に聞いた。

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■除斥期間と時効

 今回の神戸地裁判決を理解していただくために、まず、「除斥期間」と「時効」との違いを説明する必要があります。おおまかにいうと、除斥期間とは権利(請求権)が発生してから一定の期間が経過することによって権利が失われてしまう法制度です。時効の場合は、中断したり、停止されたりすることがあり得ますが、除斥期間は中断することがなく、また、原則として停止の適用もありません。

 改正前民法724条は「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する」と定めており、消滅時効の起算点は「損害及び加害者を知った時」です。つまり、被害者にとって「権利行使が可能となった時点」から時計の針が動き出します。

 ところが、同条後段の「不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする」との規定は、その法的性質について見解の対立(時効か除斥期間か)がありましたが、平成元(1989)年12月21日の最高裁判決で「同規定は、除斥期間を定めたものと解すべき」と判断され、これが現在の確定判例となっています。

神戸地裁 違憲判断は仙台、大阪、札幌の3地裁判決に続き4例目 ここにも「除斥期間」の壁が
神戸地裁 違憲判断は仙台、大阪、札幌の3地裁判決に続き4例目 ここにも「除斥期間」の壁が

 そのため、不法行為の被害者が損害の発生に気づいていない場合や、加害者を特定できない場合でも、不法行為の時から20年が経過してしまうと損害賠償請求権が消滅してしまいます。しかも、当事者の主張がなくても裁判所の職権により適用されることも大きな特徴です。

 時効の問題であるならば、「援用」(加害者側から主張すること)が必要になりますので、個々の事案において「時効援用」を行うことが、「権利濫用」や「信義則違反」に該当する場合には、裁判所は「時効援用」の効力を否定することが可能です。このような手法を駆使することによって、裁判所は、それぞれの事案に応じて社会的に妥当な解決を導くことができるわけです。

 しかしながら、除斥期間の場合には、端的に「時間の経過」だけが問題とされるため、機械的に判断されがちであり、被害者の救済はおろか、社会的に妥当な解決すら望むべくもありません。

大阪高裁 控訴審は「20年の除斥期間」どう判断するか
大阪高裁 控訴審は「20年の除斥期間」どう判断するか

■除斥期間の「壁」と最高裁の「責務」

 今回の神戸地裁判決は、旧優性保護法の違憲性及び国会議員の不作為の違法性を認めながらも、除斥期間の「壁」によって被害者の救済に至らなかったことは大変残念ですが、これは最高裁の「壁」でもあります。上記のとおり、平成元(1989)年判決が改正前の民法724条の法的性質を「除斥期間」と判断し、これが現時点の確定判例となっている結果、これに反する判決を下せないのが地方裁判所や支部といった下級審の裁判官の辛さ、と言えるかも知れません。

 しかし、そもそも平成元年判決は、改正前民法724条後段の規定を除斥期間と解すべき理由として、①不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定の必要性、②請求権の存続期間を画一的に定めることの相当性の2点を示しています。

 ところが、①については、時効制度も法律関係の速やかな確定に寄与するものであり、また、②については、不法行為に基づく損害賠償請求権について、加害者を時効制度と別に除斥期間によって保護すべき特段の事情などありません。また、被害者の損害賠償請求権の行使期間を一定の期間に制限しなくてはならない公益上の必要性もないところですので、結局、改正前の民法724条後段の規定をあえて除斥期間と解すべき理由はないものと考えられます。この点、学界でも平成元年判決に対する批判が強く、改正前民法724条後段の規定を除斥期間ではなく、時効期間と解する説が多数を占めています。

8月11日、国会内で院内集会を開き、議員らに全面解決に向けて早急に動くよう求める要請書を提出<写真 明石市役所でオンライン参加した明石市内の原告ら>
8月11日、国会内で院内集会を開き、議員らに全面解決に向けて早急に動くよう求める要請書を提出<写真 明石市役所でオンライン参加した明石市内の原告ら>

 現に、改正後の民法724条では、「不法行為の時から20年間」の条項が「消滅時効」を意味するものと改正されました。したがって、今後の法律問題については、時効中断や停止、また権利濫用や信義則違反を理由とする時効援用の効力否定もあり得ることになります。ただ、残念ながら本件には改正法の遡及適用がありません。

 したがって、実務上、平成元年判決を受けて下級審裁判所が、改正前民法724条後段の規定を除斥期間と解する運用を行ってきたことの弊害を取り除くためには、最高裁の「判例変更」が必要です。

最高裁 最終ゴールとして「憲法の番人」となり得るか
最高裁 最終ゴールとして「憲法の番人」となり得るか

 その意味で、本件はいずれにせよ最高裁が最終ゴールになろうかと思います。明白な憲法違反があり、かつ、国会議員の不作為が違法と判断された本件では、最高裁が積極的に被害者の救済のために門戸を開くことが強く望まれます。それこそが「憲法の番人」としての最高裁の重大な職責だと考えられるからです。

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