韓国大統領選「韓国のトランプ」VS「政権と対峙した元検事総長」《上》スキャンダル暴露、醜聞合戦の末に…神戸大大学院・木村 幹教授 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

韓国大統領選「韓国のトランプ」VS「政権と対峙した元検事総長」《上》スキャンダル暴露、醜聞合戦の末に…神戸大大学院・木村 幹教授

LINEで送る

この記事の写真を見る(3枚)

 尹氏は政治経験がなく手腕は未知数だが、検事総長時代、文政権の検察改革に抵抗して政権と激しく対立、「反政権の象徴」として保守派中心に高い人気があった。

 こうした中、期日前投票開始前日の3月3日に、尹氏にとって保守派内のライバルとされた中道系野党「国民の党」候補、安哲秀(アン・チョルス)氏が選挙戦を降りることで野党候補は尹氏に一本化(両者合わせた支持率は50%を超える)した。この結果、保守派の持つ票が進歩派よりも多くなり、普通に尹氏へ投票すれば、間違いなく尹氏が勝つことになる。
 一方、李氏は尹氏の”エラー待ち”。挑発的発言から「韓国のトランプ」との異名を取るが(詳細は9日の本稿《下》を参照いただきたい)、正面から戦いを挑んでも勝ち目はない。いわばサッカーJ1・ヴィッセル神戸のミッドフィールダー、イニエスタ選手にドリブルで突っこんでいくようなもの。普通に考えればボールは抜けない。相手のミスを望む一方だ。
 単純に当てはめられないが、韓国の大統領選挙は、日本の都道府県知事選挙に図式が似た部分がある。例えば自民系か維新系かとなった時に、立憲民主や共産をどう取り込むかを考えるのと同様で、支持率8~9%の安氏の得票数は大きく、尹氏が安氏に「大統領選を降りてほしい。その際は(自分が当選して)良い待遇を与える。あるいは政策も受け入れる」とうまくアプローチできた可能性がある。逆に李氏は打つ手がない。さほど基礎票がないのだ。

京畿道知事時代の李在明氏演説<2019年9月19日 画像提供・木村幹さん>
京畿道知事時代の李在明氏演説<2019年9月19日 画像提供・木村幹さん>

 先述の通り、良く言えば無難に安全運転をしていた文政権に対して、韓国の国民は、経済格差や若者の就職難を改善できなかったことや安全保障問題への不満があり、何もできなかったという指摘も多い。しかし、両候補はそうしたことを払拭できる魅力的な解決策を打とうとしていない。だから、国民からは「争点も、候補者の顔も見えない」と不満の声が上がり、選挙戦もネガティブ・キャンペーンに終始するしかなかったのか、と思う。
 そして、ネガティブ・キャンペーン自体の材料も尽きて、2月25日の両者のテレビ討論会では互いに「嘘つき」呼ばわりをするだけという始末。ある意味救いようがない選挙戦だった。

 こうした現象は、韓国では与党候補者であってもチャレンジャーであり、ある意味先進国が経済発展ののちに民主化して、一定のレベルまで到達すると、そこから先はどうなるのかわからなくなるという状態になっているのかも知れない。日本でもそういう時期はあった。韓国の国民から「つまらない選挙、史上最低の大統領選挙」との誹謗はあるが、「誰も夢を語れないし、どちらかが大統領選挙を制して5年後に、飛躍的に良い社会になる」という展望を誰も持っていないのが正直なところではないか。
 これは日本の選挙でも言えることで、日本の政治家が、素晴らしい夢や実現性の高い政策を語っているかというと、そうでもない。それが証拠に日本の「野党」の慢性的な問題があるのではないか。世界的に見てもそうかも知れない。ウクライナ危機、プーチン大統領への働きかけ、中国に対する対応、コロナ対策、抜本的な経済政策…どれひとつ取っても素晴らしい解決策はないわけで、韓国もその傾向にある。夢を語ることが好きな韓国国民ですら、冷めた目で見ている、という言い方もできるかも知れない。

●それぞれの妻の失態を引き合いにする醜聞合戦、ネガティブ・キャンペーンがクローズアップされた。特に今回は激しかった印象があるが、こうしたことは韓国文化として「あり」なのか?

 李氏が京畿道知事だった当時、道庁秘書室の男性職員が李氏の妻・金恵景(キム・へギョン)氏の私的な雑用をさせられた、召使いのような扱いを受けたという報道が発端だが、これはトップに権力が集中し過ぎている韓国の制度に問題があり、尹氏の妻・金建希氏(キム・ゴンヒ)氏も2007年に私立大の兼任教授に採用された際、虚偽の経歴書を提出していたといった疑惑や、知人経営者による株価操作に関与した疑惑も浮上した。こちらも、検事総長の妻というだけで何でも通ってしまうような韓国社会の構造に問題がある。
 候補者同士のスキャンダルが暴露されるのならわかるが、親族、とりわけ妻に対する醜聞合戦が勃発したのも、多少は韓国文化的側面が見えるのかなと思う。
 これまでにも、息子が兵役に行っていないという「兵役逃れ」を暴き、中傷するパターンは多かった。今回は両氏の妻のキャラクターがメディアで取り上げやすかったこともある。

熾烈な争い、公開討論会では互いに『嘘つき』呼ばわり 「ある意味救いようがない選挙戦だった」と木村教授
熾烈な争い、公開討論会では互いに『嘘つき』呼ばわり 「ある意味救いようがない選挙戦だった」と木村教授

■韓国では2019年、選挙権が満19歳以上から満18歳以上に引き下げられた~無党派層の若年化

 無党派層の若年化も大きい。文氏自体が大統領選挙で40%以上の得票率で当選したが、当初支持していた層のうち、明確に離れていったのが20代以下。30~40代はそれほど離れていない。これは20代以下に失業者や非正規雇用者が集中しているからだ。
 この問題は文政権下で起きたわけではなく、李(明博)、朴(槿恵)政権で格差が起こり、当時野党だった進歩派が何とかしてくれるだろうというという期待があっただけに、何も変化がなかったことに落胆してのことに過ぎない。
ただ、この状況を作ったのは保守派だったので、保守派を支持するところまで行かず、”行き場なく”無党派となり、結果的に今回の選挙のキャスティングボードを握ることになる。

●与党が惨敗した2021年4月のソウル・プサン市長選の影響は? 

LINEで送る

関連記事