明色化粧品「美顔水」130年を越えて、女性の素顔と心を潤してきた”お守り”…変わるニーズ・変わらぬ処方 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

明色化粧品「美顔水」130年を越えて、女性の素顔と心を潤してきた”お守り”…変わるニーズ・変わらぬ処方

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 130年を越えて、女性に寄り添う「お守り」がある。

創業時から広告美術を意識『傘美人』などの絵画に優美さが<※画像提供・桃谷順天館>
1902(明治35)年 高等美顔水化粧用<※画像提供・桃谷順天館>

 江戸時代、1631(寛永8)年から紀州・粉河(現在の和歌山県紀の川市)で、代々薬種商を営む家系に生まれた桃谷政次郎氏が、東京帝国大で学び、ニキビに悩む妻のために「にきびとり美顔水」を開発した。

桃谷順天館・本社(大阪市中央区)に掲げられた”にきびとり美顔水”の立札 歴史を物語る
1885(明治18)年、桃谷順天館創業時の美顔水 当時のまま保存されている<※画像提供・桃谷順天館>

 そして1885(明治18)年、桃谷順天館を創業する。当初、商品化するつもりはなかった「にきびとり美顔水」。しかし妻が商品化を懇願し、西洋医学を取り入れた処方が先進的で、多くの女性から支持され、爆発的にヒットしたという。のちに会社の拠点は大阪に移る。

「粉河門前町賑之図」和歌山県紀の川市・粉河寺に続く参道沿いに「桃谷政次郎記念館」がある<※画像提供・桃谷順天館>

■祖母から母、そして娘へ…3代にわたり受け継がれるもの

1936(昭和11)年発売「明色アストリンゼン」日本初の弱酸性化粧水<※画像提供・桃谷順天館>

 代表的な商品が1936(昭和11)年に発売の「明色アストリンゼン」。弱酸性化粧品の先駆けとなった。西洋医学を用いた弱酸性化粧水の先駆けとされ、バッファ効果(洗顔後、肌がアルカリ性に傾くため、それを弱酸性に戻す作用。通常、健康な肌は弱酸性に保たれている)の特許を取得した。のちにシリーズ化され、これまで祖母から母、娘の代へと受け継がれて、累計出荷個数は5億を超えた。
 それまでの女性用の化粧水は、東洋医学の観点からナチュラル志向のヘチマ水や、花の露などはあったが、化学的に開発されたものは初めてだった。

1940(昭和15)年当時の新聞広告 ダイレクトな表現が特徴的<※画像提供・桃谷順天館>

■混沌とした時代に「明るい色」で輝かしく


 【桃谷順天館 公式ウェブサイト】

 【明色化粧品 公式ツイッター】

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