京都府亀岡市で2012年、集団登校中の児童らの列に車が突っ込み、10人が死傷した事故から23日で11年を迎えた。事故は4月23日午前8時ごろに発生した。無免許の元少年(当時18歳)が運転する軽乗用車が集団登校中の児童らの列に突っ込み、付き添っていた妊娠7か月の松村幸姫(ゆきひ)さん(当時26歳)のほか、当時小学2年の小谷真緒さん(当時7歳)、3年の横山奈緒さん(当時8歳)が死亡し、児童7人が重軽傷を負った。
事故をめぐっては、元少年ら6人が自動車運転過失致死傷と道路交通法違反(無免許運転)容疑で逮捕された。このうち3人は検察官送致(逆送)後に起訴され、懲役5~9年の不定期刑や執行猶予付きの有罪判決が確定した。残りの3人については京都家裁が中等少年院送致などの保護処分とした。
幸姫さんの父親、中江美則さん(59)にとって、ショッキングな出来事があった。2022年秋、神戸連続児童殺傷事件(1997年)など重大少年事件の記録が永久保存とされず廃棄された問題が発覚、幸姫さんが亡くなった事故の記録も、京都家裁が破棄していたことがわかった。最初はその現実を理解できなかった。そして怒りからくる震えに変わり、絶望した。「裁判所は、娘の叫び、無念、怒りが詰まった記録を、何の断りもなくごみ同然に捨てられた」。
「そんなものなのか、裁判記録って…」。美則さんは、事件記録の一部をコピーしたことがある。加害少年の個人情報に当たる部分は黒塗りされていたが、幸姫さんが息絶えるまでの様子を目にして落ち込んだという。好んで閲覧したいとは思えない。それでも、記録には真実が綴られている。
美則さんは無免許など悪質な運転の厳罰化を求める被害者の会「古都の翼」を立ち上げ、無免許運転で死傷事故を起こした場合、より重い刑を科す「自動車運転死傷行為処罰法(2014年5月施行)」制定につなげた。
そのきっかけにもなった事故の記録を、もう私たちが目にすることはない。
「幸姫の心の叫び、無念の声、それらは“生きた証(あかし)”」。美則さんは単に加害者のことが記されているだけではなく、愛娘の”生きざま”も詰め込まれたガラス張りの箱のようにデリケートなものが、一瞬にして割られてしまったと表現する。
事故から10年経った昨年、美則さんはあふれる涙をこらえることができなかった。あれから1年、これほどまでに悔しい思いをした美則さんは落ち着いた表情で遺影を抱いている。どうしてなのか?
美則さんは「幸姫が柔和な表情で、優しい目で私たちを見つめてくれていたから。少し気持ちが和らいだ」と打ち明ける。
美則さんは、幸姫さんが好きだった神戸の光の祭典「ルミナリエ」から名づけた「ルミナ」という“犯罪更生保護団体”(2018年設立・2022年にNPO法人化)を立ち上げた。加害者が自らが犯した罪と、本気で向き合う必要性を訴え続ける。そして加害者の更生をサポートし、再犯を防ぐことが、新たな被害者を生み出さないことだと信じてきた。幸姫さんを失い、人間の生死について真剣に向き合っているからこそ行き着いた道だった。
そんな美則さんが記録廃棄問題で感じたのは「被害者と加害者の距離を遠ざけ、被害者を置き去りにしている」ということ。美則さんの活動を鑑みるに、加害者の記録が失われれば、更生への道標すら示せなくなる。
「被害者の思いを理解してこそ、罪を犯した人間は更生できる」。これが美則さんの信条だ。