令和に10万枚の売り上げ! レトロかわいい『牛乳瓶のフタ』の歴史 紙製になった理由に昭和の社会事情 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

令和に10万枚の売り上げ! レトロかわいい『牛乳瓶のフタ』の歴史 紙製になった理由に昭和の社会事情

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 おもちゃが少なかった昭和の時代、子どもたちの遊びを支えたのが「牛乳瓶のフタ」です。その人気ぶりも昭和だけのものかと思いきや、2021年に山村乳業(三重県)が牛乳瓶のフタだけをカプセルトイとして販売したところ、なんと現在に至るまでに、合計で10万枚(1カプセル5枚入り)以上も売り上げたのだそう。

 今も多くの人々を魅了し続けている「牛乳瓶のフタ」の歴史やフタだけを販売するに至った経緯について、山村乳業の山村卓也さんに話を聞きました。

牛乳瓶のフタ

―――そもそも牛乳瓶のフタはなぜ紙製?

【山村さん】 牛乳瓶のフタが紙製になったのは、戦時中の“金属事情”が要因のひとつだといわれています。

 戦前・戦時中はメーカーや牛乳屋によってさまざまで、金属製のフタ(王冠)と紙製のフタが併用されていたそうです。戦争末期になると国全体で金属不足が起こり、生活にかかわるさまざまな金属が国に徴収されました。その流れで金属製のフタを作れなくなったことが、紙製が主流となった理由のひとつだといわれています。

―――同じ瓶の飲み物でも、ビールと牛乳でフタが異なるのはなぜ?

【山村さん】 牛乳瓶のフタがビール瓶のような“王冠”でないのは、牛乳が腐りやすいということが大きな要因だったそうです。腐りやすいということは、回収した瓶を丁寧に洗浄する必要があります。しかし、ビール瓶のような狭い飲み口だと洗いづらい。こういった理由から、法律が整備され現在の広い飲み口の牛乳瓶が普及するようになりました。

懐かしの牛乳瓶のフタ

―――牛乳瓶のフタは昭和の子どもたちにとってどんな存在だった?

【山村さん】 ご存じのように、牛乳瓶のフタは“ただのフタ”として使われただけではありませんでした。

 今ではゲームやカードなど、いろいろな遊びができる。しかし、当時はそういったおもちゃがないだけでなく、めったに買ってもらえない子どもも多かった。そのため、自分たちで道具を見つけて遊ぶ、というのが主流でした。子どもたちにとって牛乳瓶のフタは、学校などで無料でもらえ、なおかつ遊び道具にもなるということから広く受け入れられたのだと思います。

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