《Expo Legacy》コシノジュンコさんデザイン、スタッフユニフォーム寄贈 タカラベルモント

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 子どもたちは積極的に手を挙げ、「エスカレーター、使い捨てカメラ、電動歯ブラシ、動く歩道...」などと答えたが、惜しくもすべて不正解。

配布されたパンフレットには、2025年大阪・関西万博でのタカラベルモントの取り組みが記されている
「動く歩道」「エスカレーター」実は1970年大阪万博より前に出現していたが...

 子どもたちの両親のほとんどが、1970年大阪万博以降に生まれた世代ということもあり、難易度の高い問いになった。
 この時(1970年)、▼携帯電話(ワイヤレステレホン)▼電気自動車▼ファミリーレストラン▼回転寿司か出現、▼(主に大阪で)エスカレーターの左側通行が定着するなど、私たちの生活様式か変わっていく。

 贈呈式を終え子どもたちは、「会場の夢洲には何度も足を運んだ。閉幕日の花火、ガンダムパビリオンなど思い出がいっぱい」と小学生らしい感想を述べた。
 またユニフォームについて、「生地が薄くて軽い、デザインが宇宙服みたいで、男女関係なく着ることができそう」と答えた。
 そして、「万博で使われていたものが学校に届くのは嬉しいし、学校全体で万博か残したものに興味を持つことができる」と微笑んだ。

「これで街なかを歩くと、みんなビックリするかな」見た目と異なる軽量素材に驚き
春からは中学生 やがて成人になり、大阪・関西万博のレガシーをどう語り継ぐのか「夢洲に行った思い出は忘れない!」

 タカラベルモントは1970年大阪万博で建築家・黒川紀章氏が設計したパビリオン「タカラビューティーリオン」(ビューティとパビリオンの合成語)を出展。

1970年大阪万博「タカラビューティリオン」には350万人を超える来館者が
建築家・黒川紀章氏が設計 地下 1 階、地上 4 階建て 鋼管とステンレスカプセルの結合による独創的な建築

 どこよりも早く完成させることにこだわった創業者の言葉どおり、7日間で完成したパビリオンには、350万人以上の来場者が訪れた。
 当時もコシノジュンコさんがユニホームのデザインを担当している。

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