《ウクライナ軍事侵攻2年》「この日本で、一人娘と一緒に見つめる将来」母として、デザイナーとして… | ラジトピ ラジオ関西トピックス

《ウクライナ軍事侵攻2年》「この日本で、一人娘と一緒に見つめる将来」母として、デザイナーとして…

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 ロシアによるウクライナ侵攻から2月24日で2年となる。さかのぼれば、2014年2月20日の“クリミア危機”から、ウクライナの時間は止まっている。

ロシアの軍事侵攻後、街角に立つウクライナの子ども 将来世代にウクライナを残すために
2022年3月1日 キーウ・テレビ塔破壊 ロシア国防省は当時「情報作戦の拠点などを攻撃する」としていた(※画像提供 ナヴモグ・アンドリイ氏)

 多くのウクライナ人は「なぜ、私たちがこのような苦しみを味わなくてはならないのか、なぜ憎しみ合うのか」と問い続けている。
 また、日常のささやかな幸せを奪われ、故郷を追われ、「いつか祖国に帰りたい」と願っている。ファッション・デザイナーのナタリア・ゴロドさん(47)もその1人。一人娘のヴィクトリアさん(15)を連れて日本へ逃れてきた。

ナタリア・ゴロドさん
ナタリアさんは2016年、ウクライナで”N.Gorod”というブランドを商標登録した

■647万人がウクライナ国外へ避難

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2月15日時点で約647万9700人が国外へ避難している。このうち、600万人あまりがポーランドやチェコなどヨーロッパ諸国へ逃れた。
 ウクライナ国内で避難する人々は推計で約370万人(2024年1月中旬)。また、ウクライナ国内で生活環境が整っておらず、障がい者、高齢者など、支援を必要としている人が約1460万人に上るという。

 ナタリアさんとヴィクトリアさんが日本に避難したのは、2022年6月26日。軍事侵攻から約4か月後のことだった。大阪府内の静かな住宅街の一角に住んでいる。

ナタリアさんはヴィクトリアさんを車に乗せ、越境した
キーウの自宅に残してきた猫 爆撃音におののく のちに親族が引き取った

■気が付けば、娘と二人で…

 はじめは爆撃を受けた首都・キーウの隣の都市、イルピンに避難していた。ヴィクトリアさんには持病があり、病院で定期的に治療が必要だったが、それどころではなかった。シェルターに隠れ、段ボール箱の上で寝ていたという。
 軍事侵攻勃発、キーウ陥落かとともささやかれた2月24日から10日あまりの間が一番つらく、地獄のような日々だったという。自家用車でキーウから西へ約400キロ離れたルーツクへ。そこからポーランドに避難した2人。
 普通なら3時間で済むものが、12時間かかって越境した。心身ともに疲れ切っていた。火炎瓶を作り、車に積み込んだ。民間レベルでは、ロシア側の攻撃に備え、こうした抵抗を示すしかなかった。


【ウクライナ・ヴィンテージ民族衣装のページ】

■フアッションデザイナー ナタリア・ゴロドさんプロモーション映像 (C)N.Gorod


■ウクライナ・縫製工場とナタリア・ゴロドさんの目指すファッション(C)N.Gorod

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