《2》震災報道の検証 【6】メディアとしての視点
【6】メディアとしての視点
・昨年秋、愛称をAM神戸として再スタートしたが、今回の震災報道によって、『AM神戸』の名前を地域のみならず全国的に浸透させた。
・今回のように、想像を越えた災害の場合、被害状況を理解してもらうには音声メディアには限界があり、その役は映像メディアのテレビや写真にゆずらざるを得ない。
しかし、被災者の安否を求めたり被災者の暮らしに役立つ身近な生活情報の発信にはラジオが最適であり、停電が長引いた状況とあいまって、災害時のメディアとして、ラジオは欠くことができない存在であることを実証した。
そうした立場からの今回の報道について多方面から評価と激励の声が寄せられた。
・情報化、マルチメディアの時代といわれるなかで、今回の震災では、その基幹とも言うべき電話など通信手段が無能ぶりを露呈したのは皮肉であった。
兵庫衛星通信ネットワークも電源の故障が原因で使用不能となった。
AM神戸は2台のラジオカーと電話だけという正に家内工業的な放送手段しか持たなかったが、被災者に肉薄した手作りの人間的な放送を行い、あの大震災で力を発揮した。
被災者を思いやる温かい心を込めた放送が、地域の支持を得たことをかみしめ、今後もリスナーを巻き込んだぬくもりのあるメディアとしての道を歩むべきである。
・多くのメディアとの比較の中でも、AM神戸は単に被災局ということだけでなく、その放送は評価された。
多くの新しいメディアが出現する中で、40数年永々として築き上げてきた様々なラジオ手法が土台のしっかりしたものであることを改めて見直したい。
いわゆるベテラン記者、ディレクター、アナウンサー、技術者が今回のAM神戸の震災報道の主役であり、その見識が評価につながったと言うべきである。
しかし、組織的に十分機能したとは言えない。 ここにAM神戸の弱点がある。
時間をかけて、この人達のノウハウを組織の中に生かしていくことが求められている。
幸い、今回の報道では多くの若手社員が参画し、大きな力となった。
地域をきちんと把握し、問題意識を持ち、提起できる社員を育てて、組織として厚みを持つところに発展の道があると考える。
・今回、AM神戸が多くの犠牲をはらって行った災害報道の成果と教訓を一局、一地域の問題にとどめず、AMラジオ局全体に生かすことが重要と考える。
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