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田辺眞人のまっこと!ラジオ

番組内容

わたしたちが暮らす街には、実はとっても深い歴史や文化があります!
神戸のヒストリアン田辺眞人が語る「目からウロコ」のレクチャーや、ピアニスト天宮遥の生演奏をまじえた日曜の朝の爽やかな情報ワイド番組です。

  • 2019年3月17日(日) 12時39分

    19/03/17 ゲスト:江見容子さん

    今日のゲストは書道家の江見洋子さんでした。

     

    <ラジオカルチャー>

    今日のラジオカルチャーはニュージーランドについてお話ししました。

     

    ニュージーランドは1642年 オランダ人によって発見されていましたが、1769年イギリス人探検家ジェームズ・クックがアメリカの代替地になるか調査した時に初めて上陸を果たしました。

     

    ニュージーランドは移住や移民を受け入れる文化が出来上がっていて、1991年には348万人だったのが、2018年には487万人と27年の間におよそ140万人も人口が増えたのです。

    そのほとんどが移住をしてきた人なのです。

    この増加率を日本に当てはめると、1年ごとに神戸市の人口が増えていくような感じなのです。

     

    ニュージーランドは今後も人口は増えていくかもしれませんが、今回のような事件は起きてほしくないですね。

  • 2019年3月3日(日) 13時49分

    19/03/03 ゲスト:吉井良迪さん

    今日のゲストは、えびす宮総本社 西宮神社

    禰宜 吉井良迪さんでした。

     

    <ラジオレクチャー>

    1860年 安政7年 3月3日 桜田門外の変が起こり、大老井伊直弼が暗殺されました。

     

    当時の幕府は、将軍継嗣問題と修好通商条約の締結という二つの課題に直面していました。

    その問題を解決するため、普段は置くことない老中を設置し、その職に井伊直弼を当てたのです。

     

    江戸時代末期というと、お金で売買がされていました。しかし武士や、藩へ支払うものはお米だったのです。また、お米は江戸時代の初期に比べ耕作面積も増え、収穫高も上がっていたことから、インフレが起きていたのです。

    武士や藩の収入はお米、支払いはお金という生活を送っていたので、お米がインフレを起こすと生活が大変になっていたのです。

    その一方、お米ではない新たな事業でお金を得る藩も増えていっていました。その裕福な藩のほとんどが譜代大名ではなく、親藩や、外様大名だったのです。

     

    その裕福な親藩や外様大名は結束をして、将軍継嗣問題と修好通商条約へ臨むべきと考えていたのですが、大老を輩出した譜代大名たちはこれに反発し、意見を述べてきた藩を弾圧していったのです。

     

    その不満が高まり、桜田門外の変が起こり、大老の井伊直弼が暗殺され、時代が動いていったのです。

  • 2019年2月17日(日) 12時36分

    19/02/17 ゲスト:澤井洋子さん

    今日はゲストに兵庫県俳句協会 会長 澤井洋子さんにお越しいただきました。

     

    <ラジオレクチャー>

    1925年の今日ツタンカーメン王のミイラが発見されました。

    ツタンカーメン王が収めたエジプトはオリエント文明の中心で、エジプトとはナイル川の谷間に出来た都市だったのです。そのほかの所は砂漠で、エジプトから出ると生きていけない事から「エジプトはナイルの賜物」と言われています。

    エジプトはもともと多神教の国で、ファラオも神様とみなされていました。

    しかしツタンカーメンの父親のアメンホテプ4世は、一神教を唱え始めその考えを推し進めていたので、ツタンカーメンも即位した当初は、ツタンカートン(アトン神の生きた似姿)と名乗っていましたが、その後多神教のアメン神信仰を復活させたためにツタンカーメン(アメン新の生きた似姿)を名乗るようになったのです。

    エジプトというと、ピラミッドが有名ですが、ピラミッドが作られていたのは紀元前2700年から紀元前2500年頃までの短い期間だったのです。

    エジプトにはピラミッドや王家の墓などまだまだ謎に包まれた物が多く、ロマンを感じますよね。

  • 2019年2月3日(日) 13時09分

    19/02/03 ゲスト:吉江麻樹さん

    今日はゲストに兵庫県立ピッコロ劇団の女優「吉江麻樹」さんにお越しいただきました。

     

    <ラジオレクチャー>

    2月3日は節分。

    節分とは季節を分ける日の事なので、正確には立春、立夏、立秋、立冬の前の日の事を指し、したがって1年に4回あるんです。

    ですが、日本ではその立春の前の日だけを取り上げて節分と呼んでいるんですね。

    節分に豆をまくのは新しい年を迎えるに際し、力のある食べ物をまくことで、悪いものを遠ざけていたのです。

    鰯や柊を家の前に飾るのは、尋常ではないものには邪気を払う力があると考えられていて、尋常ではない葉っぱの柊、腐って尋常ではない匂いを放つ鰯を飾ることで邪気を払っているのです。

    この風習は少なくなってきていますが、兵庫県内では昔近衛の領地だった伊丹市では多く残っているんです。

    また、平賀源内が浄瑠璃の台本を書くときのペンネームが「福内鬼外」なんです。

    皆さんも邪気を払って、新しい季節を呼び込んでくださいね。

  • 2019年1月27日(日) 12時23分

    19/01/27 ゲスト:新宮晋さん

    今日はゲストに造形作家の新宮晋さんにお越しいただきました。

     

     

    【ラジオレクチャー】

    1月27日はアウシュビッツ収容所の解放の日です。

    1945年(昭和20年)当時ドイツの占領地であった、ポーランドの南部オシフィエンチム市ドイツ名で、アウシュビッツにその収容所はあり、主にユダヤ人が収容されていた場所なのです。

    1945年(昭和20年)のこの日、ソ連が攻め込み、アウシュビッツも解放をしたのです。

     

    そもそもなぜナチスは、ユダヤ人を迫害していたのか。

    ユダヤ人は国を持たない民なのです。もともとは国家があったのですが、占領されてしまったのです。普通であれば、戦争に負けると、その国の文化や宗教などを受けていていくのですが、ユダヤ人は自分たちの文化を守り続けていたので、嫌われていたのです。その頃から迫害を受けていたのです。

    迫害を受けた上で生きていくには、高い技術力を持つか、お金を多く儲ける事が重要になり、ユダヤ人たちは高い技術力や、財力を持つようになっていたのです。

     

    ナチスがユダヤ人を迫害したのは明確な敵を作る事によって、国家をまとめる為だったのです。その象徴がアウシュビッツだったのですね。

    その収容所が、74年前の1月27日に解放されました。