この日、気温34度を超えた神戸。夏の午前、快晴だった。妻と2人でリビングでくつろいでいた。「きょうはどこか出かけようか」、妻に問いかけたその時、自宅の電話のベルが鳴った。
「今、愛知県の小牧警察署にいます。将太さん殺害事件の犯人を逮捕しました。きょう中に神戸へ移送します。間違いなく、犯人です」。兵庫県警・捜査一課の刑事だった。「えっ?」聞きなおした。「犯人を、逮捕しました」「はぁ…」
2021年8月4日、午前11時48分。容疑者への逮捕状執行(11時42分)からわずか6分後だった。神戸市北区の静かな住宅街。自宅にいた堤 敏(さとし)さんは、一瞬何が起きたのかがわからなかった。リビングのテーブル、その向こうの窓際には11年前に亡くなった次男・将太さんの写真がある。
「将太、ほんまか? 将太、何があったんや? 将太、教えてくれ」
捜査一課の刑事の、上ずり、感極まり詰まらせた声は、待ちこがれた知らせだったのに、にわかに信じられなかった。しかし、電話の声を聞き取りながら、近くにあった紙に「犯人、逮捕された」と殴り書きをして、テーブル越しの妻・正子(まさこ)さんにそのメモを差し出すだけの心の余裕は取り戻せた。正子さんはあぜんとしていた。
あの日から10年と10か月、将太さんの月命日だった。
長男、長女、身内には知らせた。皆、一瞬の戸惑いのあと、号泣した。
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