1960年代から1970年代のロック黎明期にグループサウンズ「ザ・リンド&リンダース」やニューロック「加賀テツヤとマッシュルーム」のボーカリストとして活躍したものの、本格的な再評価の機会に恵まれないまま2007年に早世した加賀テツヤ。その激動の人生と魅力についてシンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が紹介します。
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【中将タカノリ(以下「中将」)】 今回は関西が生んだグループサウンズスターで、僕の恩人でもある加賀テツヤさんについて紹介したいと思います。
【橋本菜津美(以下「橋本」)】 お名前は聞いていたんですが詳しくは存じ上げないままでした。どんな方だったんでしょうか?
【中将】 加賀さんは大阪のターゲット・プロという芸能事務所に所属し、1967年にザ・リンド&リンダースのボーカリストとしてレコードデビューしました。ザ・リンド&リンダースは当時のグループサウンズ人気投票で何度もトップ10に入っています。そのフロントマンだった加賀さんは関西を拠点にしながら全国区の人気を博した希少なスターでした。
【橋本】 当時で関西を拠点にというのがすごいですね! 今ならインターネットがあるので地方に住みながら芸能や音楽の活動をしてる人もいますが、それでも東京に住む人が多いですもんね。
【中将】 もちろん東京にも合宿所があって頻繁に大阪と行き来しながらでしたが、お笑い芸人とかではなくロックミュージシャンとして関西を拠点にスターになった人は加賀さんがほぼ初めてじゃないでしょうか。