アパートの1階では、 40代の女性と4歳の息子が、爆発で吹き飛んだコンクリート壁と板の下敷きになった。女性は当時、子どもを身ごもっていた(妊娠8か月)が、胎児ともども無事だった。玉本さんが女性とともに廃墟同然のアパートに入ろうとしたとき、息子が訴える。「いやだ、入りたくないよ。みんなバラバラになっちゃう。バーン、バーン」。幼い子どもをフラッシュバックが襲っている。この親子は後に隣国のルーマニアに避難し、息子は現地で幼稚園に通っている。母親は無事出産したそうだ。
■傷ついた子どもたちの心を包み込むもの
玉本さんは再び、オデーサへ。街で看板を見つけた。ぬいぐるみを使って、子どもたちの心のケアをするプロジェクトだ。ぬいぐるみの手は長い。子どもが抱きしめた時、ぬいぐるみの手が包みこんでくれる。このぬいぐるみを1人1人の子どもに渡し、「あなたが親となり、ぬいぐるみをケアしてあげて」とのメッセージが込められている。そうすることによって、子どもたちの傷ついた心を癒す目的がある。このプロジェクトは、日本でも2011年の東日本大震災の後に行われていたという。
玉本さんが出会った幼い女の子は、数日前にオデーサの海辺でミサイル攻撃に遭った。爆音をくぐり抜けて落ち着きのない表情だった。言動がアグレッシブになっていた。母親が心配して連れてきたのだという。セラピストが寄り添い、子どもたちのケアに当たっていた。
玉本さんの取材に対し、セラピストは「PTSD(心的外傷後ストレス障害)をなくすことは、まず無理だ。しかし、早期にケアすることによって、成人してからも残る影響は軽減されるだろう」と話したという。
玉本さんは、集まった子どもたちに「どんなシーンに遭遇したのか、身の回りで何が起きたのか」を聞いた。幼い子どもでも、爆撃やミサイル攻撃の記憶が確かだった。それは逆に、長らく続くロシアによる軍事侵攻で、子どもたちの心の傷が拡大する要因ともされる。
■とても大事な宝物、それは…
日本のアニメは、ヨーロッパでも人気が高い。ウクライナでも、アニメショップに出入りし、アニメを心の支えにしている10代の若者が多い。
東部・マリウポリから避難してきた少女・アリーサさん(15歳)。幼い頃に父親を亡くし、母親と2人で生きてきた。ロシア軍が包囲した際に、地下の避難所に隠れ、転々としていた。
そんな時、母親が問いかけた。「どうせ死んでしまうのなら、この街を出よう。どう思うアリーサ?」。着の身着のまま、命がけでオデーサへ逃げてきた。
マリウポリから持ってきたのは、ロシア語に訳された日本のマンガとアニメグッズ。かばんいっぱいに詰め込んだという。「呪術廻戦」や「東京リベンジャーズ」、「ハイキューの研磨」…マリウポリで生きるか死ぬかの思いでいた中、大事にしていた宝物だった。