母親が運転する車に乗り、街を出るときに見た光景が忘れられない。息絶えた兵士の遺体、破壊されたファストフード店やアニメショップ…いつも立ち寄っていただけに、今でもトラウマになっているという。
玉本さんはアニメショップに出向いた。そこで出会った若者たちは一様に「まさか1年前に、こんなことになるとは思わなかった」と話す。確かに、ロシアは2014年にクリミア半島を併合し、緊張が高まっていることは理解しているが、日常生活は普通に過ごせると思い込んでいたという。
17歳のティックトッカ―の少女は、2週間前にウクライナ軍の中佐だった父親を亡くした。墓参りに同行した玉本さんは、彼女が涙を見せないことに驚いたという。「悲しい気持ちを出さないのは、何か理由があるの?」彼女は、父親が常に心を強く持てと話していたことと、悲しみに暮れる母親の前で、自分が落ち込んでいる姿を見せることはできないと話したという。
玉本さんが感じたのは、幼児ならば、自分の感情をさらけ出すために、周囲の大人にとって、子どもが何を考えているか伝わりやすいが、10代ともなると、胸の内を語ることにためらいがあり、心の傷が癒えないままでいるのではないか、ということだった。
そして、オデーサ郊外にある墓地に行くと、一角にウクライナ国旗がなびいている。そこにウクライナ兵が眠っているのだが、十字架に記された生年月日を見ると、若い。そして、死没日が浅い。最近の日付ばかりだった。「これは、ロシア側にも同じことがいえるのではないか」。ウクライナだけの問題ではない。
これまで中東を中心に取材を続けてきた玉本さんは、ウクライナでも同じことを感じた。兵士のみならず、多くの市民、そして子どもや女性が犠牲になっている。高齢者は避難するにも新しい場所での生活や、避難場所への移動がままならず、危険であってもその場から離れられないという選択を余儀なくされるというケースも多い。
軍事侵攻から1年経ち、日本国内でメディアから発信されるニュースに接すれば、誰もが「この先、どんな結末を迎えるのか」と思う。そして、「戦争を止めるのは容易ではない」ということを感じている。ウクライナとロシアに生きる人々も同じ。平和な社会を構築するためにはどうすれば良いのか、答えはすぐに出ない。玉本さんは日本の人々にも関心を持ち続けてほしいと願う。
海外の出来事、特にウクライナとロシアとの関係を歴史的経緯を含めて理解するのは難しい。
玉本さんは、現地の人と触れ合い、心を通わせて思いを寄せている。
玉本さんの話を聞いた17歳の女子高校生は、このような戦禍で家族や友人と支え合えるだろうかと不安がよぎった。ウクライナで懸命に生きる同世代の女性に対して、単にかわいそうという表現では済まされない、「強さ」を感じたという。
玉本さんは講演後、ラジオ関西の取材に「オデーサのアニメショップで出会った少女たちは、日本で見かける女の子たちと変わらない。しかし、軍事侵攻によって肉親や住まいを失った背景を知ると、『これは他人事(ひとごと)ではない、伝えなければならない』という使命を感じる」と話した。
そして、リスクを伴う危険な中での取材の原動力は「現地の状況を少しでも知ってもらうこと。そして戦争と平和について考えてもらえるきっかけにしてほしい」という気持ち。メディアは毎日、さまざまなニュースを伝えるが、まずそうした出来事を「知ること」が、自身の命や生活を守ることにつながると訴えかけた。
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