春の訪れを告げる兵庫県の郷土料理「イカナゴの釘(くぎ)煮」。スズキ目イカナゴ科の魚であるイカナゴを、醤油(しょうゆ)・砂糖・生姜(しょうが)などで甘辛く炊き上げたもので、錆(さ)びた釘が折れ曲がったように見えることから「釘煮」と呼ばれています。その発祥の地とされ、石碑の建つ神社が神戸市長田区にあります。詳しく取材しました。

「いかなごのくぎ煮発祥の地」の碑が建つのは、神戸市長田区駒ヶ林町の駒林(こまがばやし)神社。厄除の宮として地元で親しまれています。
宮司の中山直紀さんによると「古くから漁業が営まれてきた駒ヶ林漁港では、イカナゴ漁が千年以上前から行われていたと考えられています」とのこと。脈々と受け継がれてきたもので、明確な記録はありませんが、駒ヶ林の歴史をひも解いていくと、イカナゴ漁、そしてイカナゴの釘煮にたどり着くのだとか。

海に向かってそびえ立つ、駒林神社の大鳥居。その手前に「いかなごのくぎ煮発祥の地」の碑が建っています。かつてはこの場所まで砂浜が広がっていたのだといい、毎年1月15日には「左義長祭」が行われ、その始まりは平安時代の永延2年(988年)と伝えられています。
「(『左義長祭』では)東西の漁師が『お山』を倒し合い、その年の網入れの優先権を競い合いました。その漁で捕れるのが、時期から推測するとイカナゴであったことが伺えます」と中山さん。

また、日宋貿易の行われていた平安時代、駒ヶ林は大陸との交易が盛んでした。そのため当時は貴重だった砂糖も流通していたと考えられ、漁で捕れたイカナゴを砂糖・醤油・生姜で炊く食文化が生まれたと推測されます。
イカナゴの釘煮と言えば、現在は稚魚である「シンコ」を使用するのが定番ですが、当時の駒ヶ林では成魚である「フルセ」を捕り、イカナゴの釘煎(くぎいり)として食していたと伝わっているのだそう。浜の近くでは、イカナゴの釘煎専用の調理器具を販売する店もあったといい、そのことからも歴史の深さが伺えます。こうした歴史を伝えるため、地元の老舗珍味メーカー・伍魚福が主体となって設立された団体「いかなごのくぎ煮振興協会」が2013(平成25)年に石碑を建立しました。

近年、イカナゴの漁獲量は減少し、かつて春頃には町中に漂っていた甘い香りも、今ではほとんど感じられなくなっています。さらに、「いかなごのくぎ煮発祥の地」として地域で開催されていたイベントも、コロナ禍の影響で中止となり、そのまま復活できずにいるのが現状です。