10月4日、神戸市北区の路上で高校2年の堤将太さん(当時16歳)が刺殺された事件は、発生から12年を迎えた。
犯人逮捕から約半年経った2022年1月、将太さんの父親・敏さんはラジオ関西の取材に、こう漏らした。「ここ数日、眠れない」。気丈に振る舞っていた敏さんが、普段とは異なり気弱な表情を見せた。
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2021年8月4日、兵庫県警は愛知県豊山町に住む男(29・事件当時17歳)を殺人容疑で逮捕した。
敏さんは犯人逮捕への執念を燃やし、常に自分の気持ちを奮い立たせてきた。自ら作製、配布した犯人検挙への情報提供を求めるチラシは5万枚以上に及ぶ。
事件から130回目の月命日の逮捕、その知らせにはじめは自身の耳を疑ったが、不思議と、すぐに平静を取り戻す“強さ”があった。一方、部屋の片隅では、妻の正子さんの動揺が収まらない。10年10か月という歳月で、敏さんの心の中に父親としての威厳と覚悟が芽生えていた。
神戸地検は男について、 犯行時の精神状態などを多角的に調べる必要があると判断、 2022年1月24日まで専門の医師による精神鑑定を行うため鑑定留置とした。その結果、物事の善悪を判断する刑事責任能力があったとする鑑定が出た。1月28日、神戸地検は男を殺人罪で起訴した。
眠れなかったのは、1回の延長をはさんで約5か月にわたった男の鑑定留置期間が終了する間際のことだった。揺れる気持ちを隠せなかった。
「私たち遺族は、物事を“最低、最悪ライン”から考えるから」。事件後の敏さんは、慎重に慎重を重ねて判断している。
男について、責任能力があったと判断されるのか。そうならなかったとしたら、将太さんが殺害された真相を追及する場がなくなるからだ。
そして、殺人罪で起訴されるのか。「殺意を持って」という文言が起訴状に記されない傷害致死罪の場合ならば、量刑が大きく変わってくる。
敏さんはこの日の夕方、神戸市内で会見した。殺人事件の被害者遺族が、容疑者の起訴を受けて会見するのは異例だ。
将来の夢や幸せ、すべて奪われた息子・将太さんの無念を晴らすために、1ミリも引くわけにはいかいない、妥協できないという思いと、真相解明に向けてどこまでできるのだろうか?という不安が入り混じった複雑な心境を世間に発信したかったからだ。
同時に、過去しか見えず、後ろを向いて過ごしてきた生活から、裁判後も見すえた未来へ向かう覚悟を決めた瞬間だった。