「将太は、なぜ殺されたのか。将太がいったい男に何をしたのか」。この12年、敏さんの頭の中には、この思いしかない。
そして、新たに生まれた疑問もある。「(犯行時)17歳の少年が、自分の意思だけで10年10か月もの間、逃げ切れるのか」。
捜査関係者などによると、男は事件の数か月前に青森県内の高校を退学し、事件の発生時は同市北区の現場近くにある親族の家に身を寄せていたという。犯行後しばらくして、男は愛知県内に居住地を移した。
事件発生当時、複数の近隣住民がラジオ関西の取材に「将太さんが女子生徒と一緒にいる姿を何度か見た」と話していた。兵庫県警の捜査本部は、男も事前に2人を見かけて、一方的に将太さんを襲い、殺害したとみている。
女子生徒は当時、犯人について「知らない男だった」と説明。事件直前に2人の立ち位置とは反対側に座り、自分たちを見つめる男について女子生徒は「気持ち悪いね」と話し、将太さんも「そうやな」と答えたという。将太さんと男は面識がなかったとみられる。概ね判明している外形的な事実はここまで。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
男の刑事裁判は裁判員裁判の対象となり、これから裁判所と検察官、(被告の)弁護人による「公判前整理手続き」が本格化する。
敏さんは、遺族が刑事裁判に参加して、直接、被告人質問などを行う被害者参加制度を使う意思を早々と示している。そして裁判に向けた準備期間に膨大な証拠に目を通すことができる。
6月14日、代理人弁護士からA4サイズの2冊のバインダーが手元に届いた。将太さんの司法解剖結果や、男の取り調べ調書、捜査資料の写しなど、厚さは合わせて8センチもある。しばらくは梱包を開かなかったが、やがて自身の体に刻み込むように読み始めた。
「読めば読むほど、腹が立つよ」。男が逮捕、起訴されてから断片的に判明した事実はあった。これまでに報道されたことや捜査員からの話…断片的な”点と点”の情報が、”点と線”になりつつある。そうすると、知りたいことがどんどんあふれ出てくる。
正子さんはまだ目を通せない。「あの時を思い出してしまう。将太のつらさも感じるから」。
衝撃を受けたのは、男は刃体の長さが約8センチの折りたたみ式ナイフを使用したとされるが、将太さんの体に深さ約10センチもの刺し傷があったという司法解剖結果の詳細だ。「これで殺意がない、というのか」。
さらに男の調書にあった「自分が(将太さんを殺害して、世間から)非難されることはわかっているが、中にはそうではない人もいるだろう」という趣旨の供述が忘れられないという。男は反省の意思は示しておらず、いまだに謝罪はない。
「男はまだ、この現実から逃げるのか。逃げ道を作るのか」。敏さんは怒りを隠せない。だから、さらなる証拠の閲覧を求める。「男の家族からも事情聴取しているはず。逃亡していた10年10か月間の男の様子を知る、唯一の手掛かりだから」。
事件発生時、あの現場の状況を知るのは、将太さん、将太さんと一緒にいた女子生徒、男の3人だけ。そこから逃亡した男は、どんな気持ちで、何をしてきたのか。家族は知っているのではないか。聴き取った調書内容が知りたい。
犯行時に17歳だった少年は、10年10か月にわたる長期の逃亡期間に成人になった。しかし世間に名前は明かされていない。少年法の壁が立ちはだかる。あくまでも「元・少年」なのだ。
さらに、10年10か月間も逃げ続けた罪をどう問うのか。刑事罰としてとらえた例はない。成人の犯罪ならば、特徴的なものとして2件が挙げられる(※)が、刑事裁判で逃亡について情状面で考慮したに過ぎない。敏さんと妻・正子さんが、代理人弁護士とともに考える日々が続く。